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Rivers Cuomo / Alone, Alone II

あるものを好きになる場合、初めからもう好きである場合もあれば、ある瞬間一気に好きになる--というより自分がそれに好きであったことに突然気づく場合がある。

キース・ジャレットにしても、正直、最初は彼の奇声ばかりが気になって、どこがいいのだろうと思っていたが、ある瞬間、はっと気がついたら好きになっていた。今では彼は私にとって欠かせないミュージシャンだ。

グスタフ・マーラーも私は長い間苦手にしていたのだが、ある時ラジオで「それでは次にマーラーの・・・」とDJが言った瞬間、私はマーラーを聴くことを実は待ちこがれていたことに気がついた。実は私は彼の音楽が好きだったのだ。

ロバート・ジョンソンにしても、エリック・クラプトンが尊敬しているからという理由で聞き続けていたが、どうも良さはわからなかった。だからもう聴くのを止めようと思っていたら、えっと言うぐらい急にその良さがわかってしまった。


ある意味、このような瞬間の変化はアスペクト盲の解消にたとえられるのかもしれない。

見方によってはウサギにも見えるし、アヒルにも見える絵や、少女も見えてくるし、老女にも見えてくる絵をご存知の人も多いだろう。絵はウサギが見えるときはウサギが見えるし、アヒルが見えるときはアヒルが見える。ただ悔しいことに、時にウサギは見えるのに、アヒルはどうしても見えない時がある。絵を見せる人は、アヒルも見えるはずだと言うのだが、見えないときには見えない。いらだたしいぐらいに見えない。端的に見えない。だが、ある瞬間、アスペクトが--物事の見方が一転するのだろうか、アヒルが見えてきて、もうアヒルが見えなかった頃が思い出せないぐらいに認識が一変する。

私もキース・ジャレット、グスタフ・マーラー、ロバート・ジョンソンなどでアスペクト転換が起ったのかもしれない。


Weezerというバンドをある音楽好きから借りた時、私はそれほど音楽には魅入られなかった。端々にオルタナティブらしい表現はあるのだけれど、とりわけ好きにもなれなかった。だからその人に返すときも「最初は正直『?』だったけど、繰り返して聴いてきて少しずつ良さはわかってきた。ギターのラインなどは時に好き」などという月並みな言葉と共にCDを返した。

でもアスペクト転換は突然に起った。

これは意志でもって引き起こすことができるものではない。起ってしまったら起ってしまったので、私は渇望するようにこの音楽を求め始めた。

タワーレコードで見つけたのは、このWeezerというバンドのリーダー格であるRivers Cuomoのソロ作品であるAloneとAlone II。Weezerとしてのバンド作品よりも、実験的に自分らしさを追求できるからか、彼の感覚はなんだかつかめてきたような気がする。彼のメロディーラインだけでなく、歌詞まで聞こえてきた。これは私にしては珍しいことだ。

"I Was Made For You"なんて曲も以前の私なら決して好きにならなかったかもしれない。

人間の好みってわからないね。

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