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Keith Jarrett / Sun Bear Concert in Tokyo

早いものでkenさんの奥様が急逝なさいまして二年がたちました。

訃報を聞いたとき私も言葉を失いましたが、目の前でその事実を知ったkenさんの衝撃はいかほどのものだったでしょう。またその後の喪失の日々をkenさんとご家族がどのようにお過ごしになったのか、正直に言うなら私の想像の範囲を超えます。

無論私とて常識的に気持ちを推し量ることはできます。

でも時に人の心は、そういった通念で「わかります」と言ってはいけないほどの深さをもちます。

いや人の心、他人の心は常にそのような深みをもっていると言うべきなのかもしれません。

私の好きな(漫画!)作品に、MASTERキートンというのがあります。その一つのエピソードは、人は他人の心がわかるか、大切な他人の心ですらわかるのか、というのをテーマにしています。

話は複数の人物のそれぞれの問題が並行的に語られることによって進みます。

愛想の良いキートン--しかし彼は愛する妻と離婚してしまった痛みを常に心の底に抱えている--は宿場の老夫婦にも愛されますが、その老夫婦も「あなたの考えていることなんて何でもわかるわよ」という老妻の言葉が偽りのない真実であるようでいて、どこかすれ違っているようでもあることを漫画は冷静に描き出しています。

ある中年男は、数年前に死んだ不思議な修道僧の予言を信じ、ある夜に奇跡が起るとして旧跡の保存を訴えます。その修道僧は「クリスチャンというよりは仏教徒のようであり、『人は互いに理解できないのかもしれない』としばしばつぶやいていた」のですが、男はその修道僧のことが気になって仕方ないのです。というのもその男は最愛の妻を病気で失い、悲しみで泣き明かした後は、すっかりと妻の死を克服できたことに驚き戸惑ってしまったからです。亡き妻へのこだわりが無くなってしまったことが逆にその男の心を縛り付けています。

ある子どもは親友に嘘をつかれたことが辛く家を飛び出し、その友人を許せないままに苦しんでいます。その悩みを、偶然知り合ったキートンと中年男に打ち明け(というよりもキートンはまるで触媒のように子どもの心を開きます)、「もう誰も信じられない。人はみんな嘘つきだ!」と叫びます。それを聞いた中年男は「いいことを学んだ。それで誰でも許せるようになる」と冷やかします。


人は他人を理解できるのか。人は大切な他人の心さえわかりえないのではないか--登場人物はそれぞれ秘かにその疑いを抱きながら、修道僧が予言した時刻に旧跡のそばでたたずんでいます。

はたして予言通り奇跡は起るのか。


そのラストシーンは、素晴らしい構図と表情で描かれた漫画をごらん下さい。私などが下手な言葉でその作品の良さを汚してはいけません。

「確かに私たちはお互いにわかりえないのかもしれない。でも、今、この瞬間・・・」とキートンがつぶやく時、私も確かにその瞬間を共有できたような気がします。

kenさんからお話しを聞いて、一度だけお写真を拝見させていただいただけのkenさんの今は亡き奥様ですが、その方のことを偲んで、Keith JarrettのSun Bear ConcertsのTokyo演奏を聞き、この駄文を書きました。


おそらく今この瞬間、私はkenさんの奥様のことどころか、kenさんのことも理解できていません。


いや私はおそらく自分の心以外、誰の心も理解できていないのでしょう。

しかも今だけでなく、今までも、これからもずっと。


しかしMASTERキートンで描かれた「奇跡」のように、キースのソロ・ピアノは「でも・・・」と私たちに、表面上の絶望の中に、実は人間いや生物の真の希望はあるのだということを示し、私たちをこの世にとどまらせてくれているようです。

「でも・・・」という反転は私たちの希望なのかもしれません。

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コメント

「こころ」というものがなんであるかは、まだだれも知らない。でも、知った顔をする研究者が、なんでこんなに多いのだろう、というのが最近呆れている点です。

分からないものは「分からない」のだ、と言えることには、そんなに勇気が要るのでしょうか?・・・いや、「分からない」と言えない人は「分かっていない」ことに気づかないままでいるのではないでしょうか?

ですから、この一文には、私個人としての感謝では足りない深さを感じます。

たいへんありがたく拝読しました。
感謝に堪えません。

投稿: ken | 2009/01/01 22:25

いえいえ、私こそ、場所は遠くても、kenさんとのコミュニケーションに助けられています。
2009年がいい年でありますように!

投稿: イワン | 2009/01/04 17:00

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