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ハイドン ロシア四重奏曲

前のブログ記事に書いたように、私の心身のリハビリのために(笑)、ハイドンのピアノソナタ全集(CD10枚組)をすべて聞き通しました。もちろん真剣に聞き入ったとかいうのではなく、聞き流しただけですが、飽きることなくハイドンの世界に浸ることができました。

ですが、そこで調子づいてしまうのが私の悪い癖です(猪突猛進は生来の悪癖です)。今度は、The Angeles String Quartetによるハイドン弦楽四重奏曲全集のセットを1枚目から聞き始めました。今度は21枚組ですから時間がかかりそうです(笑)。


で、聞き流していたのですが、9枚目から急に曲のクオリティが上がったように感じたので、思わずCDのブックレットを取り出して、ウィキペディア(ハイドン 弦楽四重奏)で調べました。これらの作品は前作の「太陽四重奏曲」(1772年)から9年も後になって書かれた「ロシア四重奏曲」(1781年)というものでした。ウィキペディアによると

弦楽四重奏は、この6曲で、古典的な完成を果たしたというのが定説であり、この曲の完成度の高さに感銘を受けたモーツァルトは、2年あまりをかけてハイドン・セットと呼ばれる力作6曲(第14-19番)をハイドンに献呈している。古典派以降の多くの弦楽四重奏曲の源流がこの6曲にあるという点で、音楽史的にも重要な作品である。

とのことです。これは先入観なしに耳で聞いた私の感想とも一致します。それまでのハイドンの節度ある上機嫌な音楽から、艶があるのにまったくいやらしくなく、より洗練された上質な音楽へと質的な大転換があったように思えます。

ハイドンは1732年生まれですから、49歳の時の作品となります。「太陽四重奏曲」から「ロシア四重奏曲」のハイドン40台の9年間に何があったのかとこれまたウィキペディアを見ますと、次のような記述を見つけました。

1781年頃、ハイドンはモーツァルトと親しくなった。ハイドンとモーツァルトは弦楽四重奏を一緒に演奏するなどして交流を深めた。ハイドンはモーツァルトの作品に深い感銘を受け、モーツァルトの最も得意とするジャンルであるオペラや協奏曲の作曲をほとんどやめてしまった。モーツァルトはこれとは対照的に、ハイドンの最新の作品番号33番の弦楽四重奏曲「ロシア四重奏曲」(37番~42番)に応えて、6つの弦楽四重奏曲(ハイドン・セット)を作曲した。モーツァルトはこの作品をハイドンに献呈している。また後にハイドンは、モーツァルトの遺児(カール・トーマス・モーツァルト)の進学(音楽留学)の世話をしている。

なるほど、モーツァルトとの出会いが、ハイドンに深い変化を促したのでしょうか。40歳代でこれほど深い変化をなし得るというのはすごいことだと私は思います。

何気なくハイドンの弦楽四重奏を聞き流しながら、西洋音楽史上の一大転換点を、直接耳で感じることができたのかもしれません。こんな音楽体験も嬉しいものです。


追伸、英語版のウィキペディアも「ロシア四重奏曲」(Opus 33)を次のように評しています。

The change made itself felt most dramatically in 1781, when Haydn published the six string quartets of Opus 33, announcing (in a letter to potential purchasers) that they were written in "a completely new and special way". Charles Rosen has argued that this assertion on Haydn's part was not just sales talk, but meant quite seriously; and he points out a number of important advances in Haydn's compositional technique that appear in these quartets, advances that mark the advent of the Classical style in full flower. These include a fluid form of phrasing, in which each motif emerges from the previous one without interruption, the practice of letting accompanying material evolve into melodic material, and a kind of "Classical counterpoint" in which each instrumental part maintains its own integrity. These traits continue in the many quartets that Haydn wrote after Opus 33.

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コメント

残暑お見舞い申し上げます。
お元気でしょうか。音感のページやっと更新があり,ほっとしているところです。うれしかったです。リハビリ中とのこと。どうか無理をなさらずに,快復を祈ります。

モーツアルトとハイドンが知り合いだったとはびっくりしました。まさにトリビアという感じをうけました。私はやはりもっぱらモーツァルトを聞いています。癒しの曲が多いですよ。でもハイドンも聴いてみたいと思っています。ではでは。
お元気で!!!

投稿: チョコレート・ケーキ | 2007/08/31 12:05

この四重奏曲のなかの「鳥」は、手だれの友人に伴奏してもらえれば、学生時代以来、私の十八番でした。最近では、おどけきれる仲間に恵まれず、とおざかっていますが。
モーツァルトの方を聞いてしまうとボケるのですけれど、この6曲が当時画期的だったのは確かです。だからこそ、モーツァルトはそれを乗り越えようと2年もかけたのですね。
ハイドンは確か、モーツァルトのセットを聞かせてもらったあと、長いことこのジャンルから離れて、かの若者に敬意を表した、と記憶しております。

投稿: ken | 2007/08/31 16:29

チョコレート・ケーキさん、お気を使ってくれてありがとうございます。お互い、無理しないようにしましょう。

Kenさん、モーツァルトを聞くと、ハイドンがボケるというのは残念ながら本当です(笑)。昨晩、寝る前に久しぶりにモーツァルトの弦楽五重奏曲集を聞いたら、もう本当に素晴らしかった。もう人類の至宝みたいな(←ちょっと大げさ?)

私は猪突猛進タイプなので、実は本日、ハイドンセットを注文してしまいました(爆)

投稿: イワン | 2007/08/31 18:41

イワンさん、誠に勝手ながら、つい懐かしくなることがあって、こちらの記事上でリンクを貼らせて頂いてしまいました・・・
お赦し下さいませ。

http://ken-hongou.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_f3ba.html

ハイドンの交響曲についての話題です。

ハイドンセットは、どこの四重奏団のものを注文なさいましたか?
ベルリン四重奏団(カール・ズスケが第1ヴァイオリンの時期のもの)があれば、絶対お勧めの名演なのですが・・・まあ、他にも名演はあるし、この曲弾く時は気合が入るからCD出すくらいなら悪い演奏は出来ないと思うし(経験からの類推です)・・・6曲とも、いいですよー! 「ニ短調にだけ涙した」なんて仰らないように祈ってます!

投稿: ken | 2007/08/31 20:58

kenさん、
ハイドンセットは調子に乗って、ハーゲンとモザイクのセットを注文しました。
ベルリンのは、今簡単に調べたら在庫はないようですね(まあ、あったとしても二セットも注文した以上、買いませんが・・・(汗))

しばらくハイドンを聞き通してから、モーツァルトに向かおうと思います。

今、Op.64 「第3トスト四重奏曲」(1790年)を聞いていますが、いいです。

ハイドンの良さをしみじみと味わってから、モーツァルトの素晴らしさを味わおうと思います。

それでは!

投稿: イワン | 2007/09/01 20:45

イワンさん、私の方へコメント下さってありがとうございます! 以下、そちらでお返事を入れたのと同文ですので、ご容赦下さい。

(あ、これこちらにだけ綴りますが、モザイクという団体は聴いたことがないので分かりませんけれど、ハーゲンはイケるかな、と思います!)

・・・モーツァルトは、孤高です。誰も真似を出来なかった(ベートーヴェンも)。それは、彼が幼い時から専門家としての旅に明け暮れたうえに、成人してからは社会の大きな変動期(それはまだ目立つ直前でしたけれど)の中で、おそらく研究者でも汲み取れないほどの大きな精神的苦労をしたためではないか、と思います。じつは、モーツァルトの苦労に比べれば、ベートーヴェンの耳疾などは(本人の苦痛は大きかったとは言え)理解者に包まれていた分、「報いられた」ものに過ぎなかった、とまで言ってしまっては語弊があるかなあ・・・
一方でハイドンにはハイドンの凄さがあって、私は彼の最後の交響曲を初めて聴いたとき、「え? シューベルトにこんな交響曲があったっけ?」って思ったくらい、作風の幅が広い。彼の作品をたどって行けば、とりあえず「音楽の進化論」にまでは迫れるのではないかと思います。今、ちょっと、フォローを検討中です。
サリエーリも、既成概念から解き放たれなければない作曲家だ、と強く思っています。彼の助けで大音楽家になった人物が多いことは、冷静に見直されなければなりません。本人の作品の中に、何故そんな教育が出来たかのヒントがありそうです。
ハイドンもサリエリも、音楽的後継者に恵まれた人たちです。
それを思うと、「モーツァルト、いとさびし」。。。お粗末でした。
長くなって済みません。

投稿: ken | 2007/09/01 22:03

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