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Fartein Valen/The Complete Symphonies

乱雑な私の部屋を見た人は
私が神経質だとは決して思わない。
私もそうとは思わない。

少なくとも私の神経は外へはあまり向かない。

ユング心理学でいうところの「外向的性格」
ではないのだろう。生まれてこの方身につけた
社交性・外交性(外向性にあらず)はあるにせよ。

私の関心は、主に私の心の内に向ってしまう。
「内向的性格」だ。
だから下手の横好きで、哲学・形而上学や
音楽が好きだ。

ひょっとしたら内向的な意味で私は神経質
なのかもしれない。少なくとも世間との
比較でいえば。

というか、私はFartein Valenの音楽に共感
したりする。

彼の音楽は、一時期の武満徹に似ていないことも
ないが、それよりも振幅がなく、延々と独白的な
気分の表現のような音楽が連なってゆく。
延々とといってもいいくらいに。

ただ、しつこさやくどさは感じられない。
(パルジファルとはここが異なる)
これが面白いところだ。


暗い音楽ではないが、華やかさや劇的性格とは
無縁だ。

まあ、世間受けしない音楽ということです(笑)。


SIMAX PSC 3101

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コメント

おひさしぶりです。

部屋の乱雑さと神経質って、
関係あるんでしょうか?
物がある程度ぐちゃぐちゃでも、
MDのラベルがきちん書かれていなくても、
ビデオのケースと本体のメーカーが違っていても、
私はあんまり気にしない、
(集中して直してみてもよいが、優先順位がかなり
低いので、手がまわらない。と言っておこう。)
のですが、
相手のしぐさとか、
何の気なしに言った一言とか、
かげりのある笑顔とか、
そういったものが、とても気になります。

振幅のない音楽が作られた目的って、
一体何なんだろう?
(音楽関係者の方、素人の発言です。
 どうかお許しください。)

投稿: miho | 2007/01/25 12:04

今年はグリークの没後百年ですが、ノルウェーにはこういう作曲家もいらしたのですね。しかも、生誕120年か。。。
知りませんでした。
6月にノルウェーのピアニストと共演するので、話を聞いてみよう。

でも、ウィキペディア(本文ドイツ語でした)に載っている作品リストを見ると、ピアノ協奏曲はないんですね。ピアノ曲をアンコールにリクエストしようかな。

http://de.wikipedia.org/wiki/Fartein_Valen

別の、英語の伝記サイトをYahooの翻訳機能で見てみました。翻訳の精度がだいぶ上がっていますね。私がパソコンを始めた頃高いお金を出して買った翻訳ソフトでも、ここまで賢くなかったなあ。もう、13年前だな。技術の進歩にも、ただ感心させられっぱなしです・・・ああ、あのソフト代、返してくれ~

英語の紹介サイト
http://www.mic.no/mic.nsf/doc/art2002100719175353849851

実際に聴くのは数日はお預けですが、興味津津です。

投稿: ken | 2007/01/25 13:36

mihoさんのコメントと、イワンさんの「ユング」から思ったことを少し(仕事サボって)。

>部屋の乱雑さと神経質

は、双極的に(という言葉の使い方があっているかどうか不安ですが)関係があると感じております。
一方の極は、「乱雑」へ向かう神経質さ。頭の中がとりとめもなく奔流にさらされるときには、意識するとしないとに関わらず、外界も乱れて見えるし、外界を乱すことにも平気、あるいは無頓着になってしまう。
もう一方の極は、外界が整理されることを強烈に要求するよう精神が働きます。一般的にはこちらを「神経質」と呼ぶようです。
が、ユングの方法でものを見たときには、こちらの極は「沈静」がもたらされることを目指しますから、本来は前者の方が「神経質」と呼ばれるのにふさわしいのではないかと思います。
ユングに触発されて、1ヶ月ほど、自分の夢の記録をとったことがあります。
面白いのは、一度に見る夢は、どうやら、少なくとも2つないし3つの「お話」が同時並行しているらしい点でした。朝起きてすぐでないと、これは分かりません。あとになってもずっと覚えている夢が、なんだか筋立てが滅茶苦茶なのは、脳が夢に複数の場面を同時並行で与えるからなのではないかと思っています。
・・・ただし、くれぐれも、イワンさんもmihoさんも、「夢の記録」なんかとったりしないで下さいね。「夢」は、脳の排泄行為です。脳の捨てたものをまた意識下に戻してしまうと、ストレスが解消できなくなりますヨ。
(私は、学生時代に専攻でしたので、思い立ってあえてやった次第ですから。)

投稿: ken | 2007/01/25 13:50

kenさん、コメントありがとうございます。
先日「武士の●分」という映画を主婦仲間と一緒に見に行きました。映画の中の●●タクは芸能人のオーラとは無縁のシーンが多く、最後になって、まなざしの強さにドキッとしたものです。(全体的に星2つ半の印象でした。)で、その晩の夢は●●タクが車に乗って登場!!
今までに芸能人の夢なんて見たことない私は、
朝起きて、苦笑い。
映画を観に行ったこと自体、家族に内緒なので、
夢の話なぞできるはずもなく、
ここで告白してしまいます。
そうか、脳の排泄ですかぁ。
あ、何かと思って期待させちゃいました?
夢、つながりでした。

私、予知夢を見ることが多いので、
ちょっと期待してます。
●●タクが真近かで見られるのかな。

投稿: miho | 2007/01/26 11:09

mihoさん、kenさん、コメントをありがとう
ございます。

Fartein Valenは、ピアノはわりに「普通」
なんですよね。ロマンティックなところも
あるぐらいです。

でも管弦曲となると、ブログ記事に書いた
通りです。交響曲四曲なんて、ほんと、
変化のないというか、微妙な変化しかない
世界です。


それにしてもkenさんは、学生時代に、
臨床心理か何かをご専攻されていたんですね!

私は英語教育を専攻していましたが、
学部二年生の時は、それが退屈で、嫌で、
ユング心理学の本ばかり一人で読みふけって
いました。

ちょうどその頃、河合隼男さんが注目されて
きたんですね。
ユング心理学の「リアリティ」に比べると、
英語教育なんてほんとに面白くないと思っていました。

一時期は真剣に心理学科への転学科を考えて
いましたが、その当時からヘタレでしたので、
そのまま英語教育の道を歩んでいます。

それでは!

投稿: イワン | 2007/01/26 19:15

あたらしい記事の方へコメントしたかったのですが、とりあえずはやる気持ちは抑えます。

私はお察しの通り心理学専攻でしたが、学生当時はアメリカの生理学寄りの考え方が主流で、講義やゼミは苦虫を潰す思いで聴きましたし、そのうちうんざりしてサボりまくりました。
精神医学でもやったほうが、よっぽどマシだったと、今でも思います。
実験主体で送った学生時代ですが、上のような事情で、学部生が独自のテーマで研究することもままならず、「耳の錯覚」の実験だの、「幼児の成長と数の認識についてのピアジェの見解についての追試験」だの、なんだか訳の分からないことばかりやっていました。
精神分析関係に手を出すのは異端でしたので、私は隠れキリシタンならぬ隠れユングファンでした。「ヨブへの答え」は、心の苦痛に対するまたとない支えとなる本で、繰り返し読んだものでしたが、恥ずかしいことに、今一切内容を覚えておりません。夢に関しては「夢と錬金術」を自分なりに追試したものです。

mihoさんが「予知夢」とおっしゃっているような夢も、確かに存在することは、付記しておかなければいけないと思いましたので、そのことも併せて綴らせて頂きます。
「予知夢」を「予知夢」と決めつけて失敗した例は、源頼朝と同時代に摂政だった藤原(九条)兼実の日記『玉葉』だとか、同じ時期の有名歌人、藤原定家の『明月記(めいげっき、と促音にするのが正しい読み方なんだそうです)』を辿ると、非常にたくさん出てきますから、その点はお気を付け下さい。
「予知夢」という表現で定義せず、「記憶に鮮明に残る夢」と、もっと広く考えておきますと、夢の持つ、排泄行為的側面とはまた別の、大きな魅力をよく知ることが出来ると思います。
「記憶に鮮明に残る夢」は、おのれが自覚していないことを、逆に脳、あるいは奥深いところなる心が、自分自身の顕在意識に思い出させたいがために見せてくれるものだ、と、私は感じております。正夢になる確率が、兼実や定価の失敗例にも関わらず、一般に決して低くないのは、「記憶に残る夢」によって自分の行動が積極的な方向へと進んで動くようになるからでしょう。
他にもっと神秘的な理由もあるはずだ、と、私は今の経験で確信しつつあるのですが・・・これは現在までの方法論では証明のしようがありません。

すみません、つい固いことを綴ってしまいました。
ご容赦頂ければ幸いです。

投稿: ken | 2007/01/28 01:07

kenさん、イワンさん、こんにちは。
>「記憶に鮮明に残る夢」は、おのれが自覚していないことを、逆に脳、あるいは奥深いところなる心が、自分自身の顕在意識に思い出させたいがために見せてくれるものだ、と、私は感じております。

 一番記憶に残っている予知夢(?)は、一番最悪だった夢かもしれません。つきあっている人がいる時に、夢に出てきたその生活は、その人がいない、何気ない日常生活(台所に立って誰かの為に食事を作っていた)でした。見た当初は、その人がいない生活など考えたこともなかったので、その夢そのものは簡単に頭の隅へ追いやって忘れていました。いなくなることなど、問題外だったので。別の人の為に食事を作ることなど、考えたこともなかった。でも、その人と別れてから数年後に、まさにその台所で食事を作る風景と合致した時には、凍りついてしましました。毎日今の主人に食事を作っていたにも関わらず、「あの夢は、今この時の夢だった」と解ったショックと共に、幸せに感じていた当時に、全然違う人との生活を予告していた夢・・・
実は、それからも、何かしら予知夢らしきものを見ます。いずれも何気ない『日常生活』と切り取ったもの。そこに、子どもはいるか、主人はいるか、親は、と毎回焦って思い出したくなるような、逆に、思い出したくないような・・・
いつも、忘れた頃に、今のこの瞬間の夢だったワ、と思う現実が訪れます。その時に想像もしなかったシチュエーションなので、毎回驚きます。

投稿: miho | 2007/01/30 13:35

想像できないときに起こった事を
「ああ、あのとき神様が教えてくれていたのに、私にはわからなかった」
そう感じられることって、とても大切な気がしてきています。

私は変人の類かもしれませんので、ニーチェが
「髪は死んだ」・・・あ、これは誰かの頭の話だ!
ではなくて、
「神は死んだ」
なんて言っているのが癪で、
<数学的に神の存在を証明できないか?>
なんてことを、学生時代にためしました。
もともと数学なんてちゃんと分かっていないので、出鱈目な方法だったとは思うのですが、どっちにしても、結果は
「証明は出来ないけれど、存在を否定も出来ない」
だったので、まあ、常識的な結論ではあったかと・・・

でもですね、人間やその他の生き物の意識のつくりを考えてみると・・・静まった心の究極の行き先も、興奮しきって荒れた心の行きつく果ても、
「意識を失ってしまう世界」
なんですよね。

・落ち着く->頭が空っぽに近くなる->眠る
・興奮する->気絶する->眠る

なんですよね。

心なんて持っていないだろうと私たちが思っているお星様の数々だって、生まれて、巨大化して、果ては爆発して・・・辿る道は生き物の「意識」と何の変わりもありません。路傍の石が風や雨に削られるのも、同じようなものだとお感じになりませんか?

だから、私はどうしても、宇宙の全部をとりしきっている、人間の言葉では「神様」としか言いようのないものが、間違いなく存在している(存在という言葉があっていれば、ですが)と、信じられてなりません。

でも、そんな話をしだすと、現実に追われている人は、その人が自分に血が近ければ近いほど、きく耳を持ってもらえません。悲しいなあ。
・犀星「ふるさとはとほきにありておもふもの」
・イエスはナザレの教会で受け入れられず!
・ソクラテスは弁論を正しく評価してもらえずに死んだし。
・モーツァルトもザルツブルクでは生前報いられたとはいえない
・孔子さん、またしかり
等々、挙げたらきりがないもんですねエ。。。

また、わけのわからんことばかりで、すみません。

投稿: ken | 2007/02/02 11:48

神に関する理性的態度(そして科学的な態度)
とは不可知論(=神に関しては科学的には
存在するとも存在しないともいえない)であって、
無神論(=神は存在しない)ではないと思います。

その一方で、私たちが、私たちの言葉では
「神」と表現する存在を要請してしまう
ことは人間性の発露と考えてもいいと思います。

「神」のことを考えなかった人類の文明史
というのはもはや考えられません。

ここ200年ぐらいは無神論的思考が文明の
流れになっているようですが、むしろ
これからは、通俗的な意味ではなく、
もっと純粋に「神」のことを考えないと
文明は行き詰ってしまうのではないかと
私は考えています。

投稿: イワン | 2007/02/02 22:23

イワンさんのお言葉は、そのまま見事に、ユングの
「ヨブへの答え」
の要約になっています!
おかげで、内容が胸によみがえってきました。
・・・すこし、心が楽になりました。

投稿: ken | 2007/02/02 22:54

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