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2006年9月

モーツァルト/「フランスの歌曲“ああ、お母さん、聞いて下さい”による12の変奏曲 ハ長調 K.265」

私は20年近くクラシック音楽を聞いていますが、案外に重要な曲を聞いていなかったりします。
この曲は有名な「キラキラ星」ですが、きちんと最後まで聞いたのは初めてなのかもしれません。
途中の変奏はすごいなあ。

私はバッハのゴールドベルグ変奏曲、ブラームスのハイドンの主題による変奏曲などは好きで、一種「変奏曲」フェチかな、とも思っていました。てゆーか、同じ構造がだんだんと変化してゆくというパターンが大好きなのです。でも、この超有名な変奏曲のセンスは見事ですね。短く単純ですが、その思わぬ感覚に驚いてしまいます。

天才って、とってもシンプルなのね。


「フランスの歌曲“ああ、お母さん、聞いて下さい”による
     12の変奏曲 ハ長調 K.265」モーツァルト作曲
                       (8分34秒)
(ピアノ)久元 祐子

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宗教曲と聖書の朗読

宗教曲において、やはりその当該宗教のことを無視するわけはいきません。
私がクリスチャンになる前も、マタイ受難曲をテレビで見て、日本語字幕画面により、そのキリストのドラマを音楽と共に体験することにより、マタイ受難曲の理解がずっと深まりました。

今回のこの放送、聖書の日本語朗読が挟まれましたから、私としては感慨深かったです。

- 広田智之 オーボエ・リサイタル -

「“マタイ受難曲 BWV244”から」  J.S.バッハ作曲
                      (40分50秒)
 第20曲 アリア“わたしは主のおそばにいて”
 第17曲 コラール“わたしはあなたのおそばにとどまろう”
 第24曲 レチタティーヴォ“弟子たちのもとにきて”
 第25曲 コラール“神の欲することは常に行なわれ”
 第34曲 レチタティーヴォ“わが主はいつわりのことばに
                     答えられなかった”
 第38曲 “かれは激しく誓いはじめた”から 後半部分
 第39曲 アリア“神よ、あわれみたまえ”
 第40曲 コラール“たとえ一度はあなたから離れても”
 第57曲 アリア“快い十字架よ、来たれ”
 第49曲 アリア“愛によってわが主は死のうとされている”
 第62曲 コラール“いつの日かわたしが死ぬ時に”
 第65曲 アリア“清めよ わが心”
 第68曲 合唱“われらは涙を流してうずくまった”
              (ポジティフオルガン)大塚 直哉
                     (朗読)中村  靖

「ソナタ 変ホ長調 BWV1031」
         J.S.バッハ(C.P.E.バッハ?)作曲
                       (9分10秒)
「“復活祭オラトリオ BWV249”から“シンフォニア”
             (アダージョ)」J.S.バッハ作曲
                       (3分20秒)
「カンタータ“片足は墓穴にありてわれは立つ”BWV156
          から“シンフォニア”」J.S.バッハ作曲
                       (2分10秒)
「ソナタ ト短調 BWV1030b」   J.S.バッハ作曲
                      (16分40秒)
「“組曲 第3番”から“アリア”」    J.S.バッハ作曲
                       (2分25秒)
「アヴェ・マリア」      J.S.バッハ作曲、グノー編曲
                       (2分15秒)
「“ソナタ ト短調 BWV1030b”から 第3楽章
              “プレスト”」J.S.バッハ作曲
                       (2分00秒)

                   (オーボエ)広田 智之
                  (チェンバロ)曽根麻矢子
  ~東京・浜離宮朝日ホールで収録~

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端唄

たまたまNHK-FMで、ひさしぶりに「邦楽のひととき」を聞きました。
今日はツボにはまりました。

端唄です。

このリズムと和音、そしてうねうね続くメロディーはすごい!

西洋音楽に慣れきってしまった私にはこの「端唄」(はうた)というのは非常に新鮮で魅力的でした。
ホント、しばらく聞きほれちゃったもの。
まさにrefreshing!

またお囃子というのか、効果音が、時に非常に効果的です。消え行く音は日本的な美意識です。

「端唄」の解説は例えば http://jtrad.columbia.jp/jpn/u_hauta.html にありますが、それによりますと、

端唄と一口に言っても、上方端唄・江戸端唄と二種類ある。しかし、端唄と単にいうときは江戸端唄をさす。上方端唄と江戸端唄とは系統が違う。上方端唄を大ざっぱに定義づければ、京阪地方において検校・勾当といった盲人音楽家によって作曲され、あるいは彼らのレパートリーの中に採り入れられて伝承されてきた三味線歌曲としての地唄の一種だと言える。一口に言えば、地唄の中の長篇の歌に対して「黒髪」や「雪」といった短篇の歌が上方端唄である。ところが江戸端唄は、京阪地方で流行した上方小唄というべきものが江戸に流入し、その影響の下に江戸末期におこった江戸風の短篇の三味線歌曲である。俗な言い方をすれば江戸末期におこった江戸の流行唄である。

とのことです。

確か今は、女装してこの端唄でネタをやる芸人さんがいるはずです。
そこで端唄(の真似)は聞いてはいましたが、やっぱり本物は違います。いいです。
歌唱力が全く違います。

「コンコンチキチキ、コンチキチ」なんてすごいメロディーです(そしてこのナンセンス歌詞の語感といったら!)

やっぱ、NHK-FMを廃止するなんて愚挙です。

こういう文化は大切にしなくっちゃ!

がんばれNHK-FM!
http://www.nhk.or.jp/koten/


 - 端 唄 -

「コンチキ音頭」
                       (4分01秒)
                     (端唄)今藤 郁子
                       〃 杵屋 秀子
                       〃 今藤美佐藤
                    (三味線)今藤 文子
                      〃  今藤美佐緒
                      〃  今藤美佐敏
                      (笛)藤舎 名生
                     (囃子)藤舎 清鷹
                       〃 藤舎 悦芳
                       〃 中村 寿慶

「姫三社」
                       (1分27秒)
                     (端唄)今藤 郁子
                       〃 杵屋 秀子
                       〃 今藤美佐藤
                    (三味線)今藤 文子
                      〃  今藤美佐緒
                      〃  今藤美佐敏
                    (囃子)藤舎名生社中

「お月さんホイ」
                       (1分27秒)
「浮草節」
                       (1分50秒)
「秋の夜長」
                       (2分12秒)
「秋の七草」
                       (2分52秒)
                     (端唄)新橋千代菊
                    (三味線)藤本 博久
                      〃  藤本 秀禎
                      〃  藤本 秀統
                    (囃子)望月喜美社中

「秋の夜」
                       (3分15秒)
「運動甚句」
                       (2分15秒)
「深川くづし」
                       (1分31秒)
「裏の瀬戸屋」
                       (1分20秒)
                     (端唄)日本橋栄華
                    (三味線)豊  藤美
                      〃  豊  藤和
                    (囃子)望月喜美社中

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Captain Beefheart & his Magic Band/Safe As Milk

060925safeasmilkおっさんになってもオイラは生意気だし、権威に対して反抗的なのだ。そして知性の限りを尽くしてバカをやることが生きがいなのだ。

いい歳こいて言う台詞じゃないけど、本音だから仕方がない。
(よくこれで教師やってるね!)

というわけで、Captain Beefheart & his Magic BandのSafe As Milkがいたく気に入りました。
67年のデビュー作だそうです。
http://www.hmv.co.jp/product/detail.asp?sku=271526

戦前のブルースのような摩訶不思議さと、ミック・ジャガーが無茶苦茶正調に思えてくる歌声と、60年代の色濃いロックの感覚は、私のような人間には最高にかっこよく聞こえます。

そう、「かっこいい」というのが私にとってのロックの特徴です。
というか、表現者の個人としての生き方(スタイル)が強く反映されるのがロックですよね。

というわけで、私にとってはこのアルバムなどは、時代を飛び越えてかっこよく聞こえます。
いい歳こいても、生意気で、反抗的で、バカな表現者が、私の憧れのスタイルなのです。
(オイオイ、時代からずれてるよ)

J-popばかり聞いているよい子の皆さん、キャプテン・ビーフ・ハートを聞いて「ヘンタイよい子」になりましょう!
(ホントにお前、教師かい?)

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Moha!

060923moha狂暴な音楽が聞きたくなりました(笑)。
いつものように、脳が疲れてきたのです(泣)。

というわけで、

Moha!
Raus Aus Stavanger


http://www.amazon.co.jp/gp/product/B000E1MY9K/
http://www.hmv.co.jp/product/detail.asp?sku=1366567
を聞きました。


キタ━━━━━(゚∀゚)━━━━━!!!!

          ↑
     (ちょっとセンス古い)

デレク・ベイリーにドラムをつけて、もっとダイナミックにしたような音楽です。

いや、デレク・ベイリーと似ているのは、イディオムを使わないということやノイズ音を使うといった点であって、このギターはかなり推進力あります。ドラムもそうです。

それにしても、ノイズ音って、独特の魅力ありません?一種、キレてしまった時、私はノイズ音を強烈に欲しがります。


Rune Gramophone
http://www.runegrammofon.com/v2/index.php
は、結構好きなレーベルなので、以前、タワーレコード広島店で買っていたものでしたが、私にとっては当たりでした。
(私はこういう音楽のストックは多いんです(汗)。


ストレスたまっている方、どうぞ(笑)。

ま、ひらたく言えば、ガイキチの音楽です(爆)。

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NHK-FMで聞いたシューマン

シューマンもなかなかいいですね。

なんだか、余計なこと考えずに、ひたすら音楽を聞くことができました。

特にチェロ協奏曲のチェロは過剰な表現にならずに、特定の感情表現をするというのでなしに、深いところでの名状しがたい私たちの気分を表現してくれているようでした。私は初めて聞いた短い佳品でした。


「チェロ協奏曲 イ短調 作品129」     シューマン作曲
                      (22分29秒)
            (チェロ)ピーテル・ウィスペルウェイ

             (管弦楽)シャンゼリゼ劇場管弦楽団
               (指揮)フィリップ・ヘレヴェヘ

  ~スイス・ロカルノ 聖フランチェスコ教会で収録~
                    <2005/9/1>
  (スイス放送協会提供)


また交響曲第一番も、古典派の格調を保ちながら、大仰にならず、個人的色彩が少し出ているようでよかったです。温かさがいいですね(どうして日本ではブラームスの交響曲の方が人気があるのだろう----なんて暑苦しいブルックナーファンが言う台詞ではありませんが(苦笑)。


「交響曲 第1番 変ロ長調 作品38“春”」 シューマン作曲
                      (31分11秒)
             (管弦楽)フィンランド放送交響楽団
                   (指揮)サカリ・オラモ
  ~フィンランド・ヘルシンキ
           フィンランディアホールで収録~
                   <2005/5/18>
  (フィンランド放送協会提供)


私はシューマンは、まったくいいかげんにしか聞いておりませんが、追々時間を見つけて、きちんと聞いてゆきたいと思います。

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RADIOHEAD

060916ok_computer「エネルギーが枯渇した時は、意図的に一人プチ鬱の状況を作るといいですよ」というのはある畏兄の言葉。

というわけでこの午後は、ダラダラ仕事しながらレイディオ・ヘッドを聞いていました。

まずはOK Computer。
こうして改めて聞いてみるとバックの演奏がいいですね。
Thom Yorkeの物憂げなボーカルにまずは注目してしまいますが、バックのバンドが高度な表現をしていますので、これがこのアルバムの質を上げているのでしょう。

ほぼアコギ一本のバックで始まる4曲目のEXIT MUSIC (FOR A FILM)も、曲が進展するにつれバックの音や演奏がボーカルのニュアンスを最大限に生かすように、最小限に導入されているようで、すばらしい曲です。

6曲目のKARMA POLICEの最後あたりのノイズの入れ方などは、いわゆる「フリー・ジャズ」などの感覚よりもよりフリーであるような気もします。つづく7曲目のELECTIONEERINGの朗読と演奏とノイズなどという表現も、私は大好きです。と思っていたら、やはり7曲目は一種の間奏で、8曲目にはロックンロールが来ました。CLIMING UP THE WALLSです。もちろんこれまでのニュアンスを受け継いだままの、思い切った表現です。この6-7-8曲目のようなつながりは私は好きです。(私は「コンセプト・アルバム」大好き派なもので、ハイ)。

060916kid_a

次はKID A。

これは最初の音からやられてしまいました。

「ありがとう私の心の襞をわかってくれて。というより、私が自分の心の襞なんて思いこんでいていたのは、皆さんもとくとご存知の心境だったんですね。私にぴったりとくるこの音楽表現でそのことがわかりました。この音楽をありがとう」

という感想を抱いたのが1曲目のEVERYTHING IN ITS RIGHT PLACEでした。

2曲目のKID A音も私のツボに入りました。世評ではOK COMPUTERがRadioheadの最高傑作と言われることが多いようですが、私はこのKid Aの方が好きなのかもしれません。

3曲目のNATIONAL ANTHEMもいい!こんなギターとリズムのループ的な表現は私好きです。それにだんだんと多種多様な音が重なってゆく展開は、私のような雑多な表現を好む人間にはたまりません(特に金管を入れてくるあたり、最高!)

ギターとリズムの再帰的な表現は6曲目のOPTIMISTICでも聞かれます。でもこの曲のどこが「楽観的」なんだろう(笑)。本当なら歌詞カードを読みながら聞けばいいのだろうけど、今日は、休日の仕事をしながらのダラダラ聞きなので、それはパス。以下も、私のいいかげんな聞き方を駄文化してゆきます。

7曲目のIN LIMBOではリズムパターンが変わります。ボーカルは同じ調子なのですが、リズムが変わると曲の雰囲気はずいぶん変わりますね。私はリズムパターンが多彩な音楽家はそれだけで好きですから、こういった曲の変化は大好きです。

8曲目IDIOTEQUEではさらにリズムの冒険が続きます。

060916amnesiac次はAMNESIAC

冒頭の電子音とそのリズムに再度ノックダウンを喰らいました(←単純)。
KID AよりはこのAMNESIACの方を私は好むようです(←いい加減な印象的意見)。
まあこじつけですが、私はこの三枚のCDでは、このアルバムのジャケットが一番好きです(←ジャケ買い論者の自己正当化)。

2曲目のPYRAMID SONGではピアノ伴奏が印象的です。そういえば前の二枚のアルバムではアコースティック楽器はあまり登場していなかったなあ。
3曲目のPULK/PULL REVOLVING DOORSはフリー表現が好きで、リズムフェチな私のような人間のために書かれたような曲。
5曲目のI MIGHT BE WRONGは単調なギターの繰り返しが、じわじわと表現力を増してくるという、これまた「ミニマリズムでもOK!」系の私がはまりそうな曲。
7曲目のMORNING BELL/AMNESIACはひっそりとなっているスライド・ギターがいいです。ハイ、私、ピンク・フロイド系スライド・ギター・フェチでもありますので(笑)。
9曲目のHUNTING BEARSは、古典的ともいえるスローなエレキ・ギター表現だけの短い曲です。エレキ・ギターの非-純粋的な音というのは私は好きです。
11曲目のLIFE IN A GLASSHOUSEは、ソプラノ・サックスの演奏が素晴らしい。ジャズですよね、これは。別にジャズのほうがロックより素晴らしいとかいうのではないけど、これもレイディオヘッドの伴奏の質の高さをよく示しているように思います。

ピンク・フロイドを溺愛する私は、レイディオ・ヘッドも偏愛しているようです。

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The Rolling Stones/Exile On Main Street

060910stonesここしばらく音楽の力を借りながら原稿を書いておりました。

ようやく原稿用紙100枚書き上げました。
といってもこれは第一稿です。

これは自分で真っ赤にして、徹底的に書き直さなければなりません。
提出しても、ボツになるかもしれません。

それでもなんとか書き上げました。
私に力を与えてくれた音楽に感謝します。
(ああ、なんとか締切守れた)

今流れているのはThe Rolling Stones/Exile On Main Streetです。
http://www.hmv.co.jp/product/detail.asp?sku=179041


やっぱ、最後はロックンロール!

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Derek Bailey

060910improvisation060910aida

仕事が終わらず、脳は疲れまくっています。
ハイ、ぶちぎれました(笑)。

しかーし、私はこのような時のための音楽のストックは豊かにもっているのです(ワハハハハ)。
(逆にいうと、ポップで明るい音楽のストックはほとんどありません(泣))。

というわけで、大御所登場。

デレク・ベイリーです。
http://www.jazztokyo.com/derek-bailey/baileyb.html
http://en.wikipedia.org/wiki/Derek_Bailey

Derek Bailey/Improvisation
http://www.hmv.co.jp/product/detail.asp?sku=786968

Derek Bailey/Aida
http://www.hmv.co.jp/product/detail.asp?sku=565656

私は脳が疲れたときに、こういう音楽を聞くと、マジで落ち着くのです。
いや、ホント。

演奏はAidaの方がずいぶん聞きやすいです。
私は聞いていて快感すら覚えます。いや、マジで(←音楽的変態)


以下は、音楽に関する屁理屈です。


*****


音楽とは思考です。

思考とは可能性の開拓です。

デレク・ベイリーは音楽の可能性の開拓をしています。


彼の音楽が流暢に流れないのは、本質的な思考がなだらかに流れないのと同様です。

彼は考えているのです。

しかも音楽において。つまりは、時の流れ、音の流れに即して、止まることなしに。


即興で彼は考えを紡ぎ出していますが、しかしこれは彼が今初めて考えているのではありません。

彼はこれまで徹底的に音楽で考えたに違いありません。だからこそこうして即興で創造的に思考ができるのです。

ちょうど、徹底的に考えたことがある者だけが、即興で新たな考えを紡ぎ出せるように。


彼は自分の音楽をNon-idiomaticとも表現します。

これまでに流通して私たちが親しんでしまった音楽表現のイディオムを徹底的に拒否するということです。

となれば、彼は徹底的に今までの音楽のイディオムを勉強したに違いありません。

その人類的・個人的な音楽史の総体が、彼の瞬間に到来し、彼はそこで新しい音楽を創造するのです

たとえそれが「これまでとは違う」という否定的な意味に過ぎないにせよ、彼は新しいものを生み出そうとしているのです。


ある意味、音楽表現の極北ですが、音楽にはこういった試みが必要だと思います。

仮にそれが華々しい成功を収めなくても。

もちろん、これは音楽に限った話ではありませんが。


*****

さ、仕事、仕事 (落涙) 


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David Gilmour + Beck

060910davidgilmour

少々鬱っぽかろうが、締切はやってくる。
ハイホー。

というわけでThom Yorke/Eraserをリピートした後にかけたのがこれ。

音楽で仕事を続けるエネルギーをもらっています。

抒情の世界から後押しをもらいたかったのです。たとえそれが十分に創造的な表現ではないにせよ。
元ピンク・フロイドのギタリスト、デイヴィッド(デイヴ)・ギルモアのソロ作品です。

David Gilmour/David Gilmour
http://www.hmv.co.jp/product/detail.asp?sku=1259206

って、なんてことない、私が高校生の頃に繰り返し聞いていた私の懐メロ盤を聞き返しただけです。
でも懐メロっていいですね。だって、懐メロこそが私の感性を築き上げたのですから。懐メロこそは私です。

閉塞感の中の表現。
現状を打ち壊すことはできないにせよ、現状の中の自分を表現する。
自分を嘆くのではなく、ただ正直に表現する。
これもロックだと思います。

デイヴ・ギルモアのギターは、ブルージーな感覚を基調としていますから歌があります。
シャウトはしませんが、切々とギターが歌います。

4曲目はShort and Sweetという曲。
高校時代に一番好きだった曲かもしれせん。
今でも変わらず私はこのかきならすギターに何を感じているのだろう。

うーん、このアルバムは好きすぎて、自分では判断できないや。
音楽史に残る作品とは思えませんが、私の人生にはしっかりと残っている作品です。
多感な頃に聞いたから特別に思い入れが激しいのかな。

060910onanisland

それが証拠にというわけでもないのですが、久しぶりの彼の作品、On An Islandは正直、ピンときません(このアルバムを好きな方、ごめんなさい)。
David Gilmour/On An Island
http://www.hmv.co.jp/product/detail.asp?sku=1401412&mode=1&page=1

追伸、
HMVの情報はデイヴ・ギルモアのキャリアと音楽性を的確に要約していると思います。興味がある方はぜひお読みください。
http://www.hmv.co.jp/search/artistdetail.asp?artistcode=000000000004339


060910beck

で、私にとっては同時代音楽とは思えないDavid Gilmour/On An Islandを聞き終えて

Beck / Guero
http://www.hmv.co.jp/product/detail.asp?sku=1097729
を聞くと、かえってこちらが落ち着きます。これはまさに同時代音楽です。
この雑多な混交体は(アメリカ中心ではありますが)私たちの時代感覚といえるでしょう。
聞いていて、すっと、共感できます。
(でもこういった音楽は20年後に聞いたらどう聞こえてしまうんだろう)

それにしてもBeckのクールな態度はかっこいいですね。
私も現代の混沌に対してこんなスタンスを取れたらいいな(←ムリ)。


さ、仕事、仕事(涙)

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Thom Yorke / Eraser

060910thomyorke

学生さんとの面談を二つ終えて、さて仕事にかかろうとすると、頭がボーっとしていることに気づいた。
また脳が疲れたみたい。今日が原稿の締切なのにね。Down and outとは言わないけど、極めてlow。

カカオ99%のチョコレート一枚食べて、コーヒーを飲み、少しずつ体勢を作ってゆく。
でも脳が疲れている時には、なかなか集中できないのね。
こういう時には鬱々とした脳をそのまま肯定してくれるような音楽がほしい。


というわけで棚を探したらありました。Thom YorkeのThe Eraserです。
http://www.hmv.co.jp/product/detail.asp?sku=1286405

この夏にタワーレコードで試聴して買ってはいたものの、「こんな音楽、暑苦しい日本の夏に聞くもんじゃねぇよな」と置いたままにしておきました。
ですが、こうして涼しくなって、ちょっとした閉塞感を脳が感じるような状況になると、彼の音楽表現は、すっと私のこころによりそってくれます。
ちょっと大き目の音で聞きました。

こんな音楽が世界中で聞かれているということは、この世は結構行き詰っているということだろうか。
それともこのような音楽表現が創造され流通されていることに、現代社会の希望はあるのだろうか。

あーっ、嫌だ嫌だ。最近私が陥っているチープなお説教モードに入ってしまった。

さ、仕事、仕事。

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ブルックナー 交響曲全集 ヨッフム指揮シュターツカペレ・ドレスデン(9CD)

060909bruckner

ブルックナー ( Anton Bruckner ) 交響曲全集 ヨッフム指揮シュターツカペレ・ドレスデン(9CD)
http://www.hmv.co.jp/product/detail.asp?sku=985279


やってしまいました、休日に仕事をしながらの、連続CD聞き。
ハイ、仕事をなめています。音楽を冒涜しています。ベートーベンの連続演奏をした岩城宏之さんのこととやかく言えません。真面目なクラシック音楽ファンの皆さんごめんなさい。


と、謝った上で、以下は、仕事の合間に書き付けた雑文です。

*****

交響曲第一番

何事につけ、第一作にはその表現者の個性がよく表れることが多いですが、この第一番にしてもそのような気がします。
ブルックナーが言いたいこと、表したい感情が、肥大せずにコンパクトに書かれているようにも思えました。また曲の基調に、後年には失われたようにも思える何らかの明るさもあります(特に第四楽章のフィナーレなど)。
この曲は、シューマンの交響曲などと共に、後期ロマン派コンサートのレパートリーに入れられてもいいのではないでしょうか。


交響曲第二番

第二楽章のアンダンテなどでブルックナーの「憂い」が出てきました。第三楽章のスケルツォも「象のダンス」と呼ばれるブルックナーらしさが出てきました(笑)。第四楽章は、それほど破格にもならず、暴走もせずに(笑)、ブルックナー的情念の構造的展開が図られます。この曲ももう少し評価されてもいいのではないでしょうか。
また私はマニアではないのでよくわからないのですが、このヨッフム指揮のブルックナーは穏健なブルックナー表現のように思います。私はブルックナーの一種の危うい「止めどなさ」に惹かれているのですが、こういうブルックナーもいいと思います。


交響曲第三番

第三番は私にとって「強烈な感情表現」の交響曲というイメージが強いのですが、この演奏はそういった傾向ではありません。
その代わりに、第五番でよく表れているような、私が好きな「音楽の見通し」がここではよく表現されています。私は、ブルックナーを聞いていると、時にある一瞬、自分がこの交響曲の全体像を見通すことができたような思いを経験します。それは彼の音楽の構造を直観的に理解できたことの現われなのかもしれませんし、単に私が思い込み激しく錯乱していることの証拠なのかもしれませんが(笑)。
それでも管楽器が分厚く鳴ると、独特の感情がわきあがってきます。しかしそれは抑制の効いたもので、私が偏愛するような破格的なものではありません。しかしこうして聞いてみると私はこのようなブルックナーも好きです。フィナーレも第五番を連想させるようなものでした。


と、このあたりでブルックナーを聞くのにも疲れて、ブラッド・メルドーのピアノが聞きたくなりました。
しか~し、今日は意地でもブルックナーを聞こうとしたのでした(←もっと大切なことに意地はれよ)


交響曲第四番
http://yosukeyanase-music.cocolog-nifty.com/blog/2006/07/post_222b.htmlではゴツゴツした四番が好きだといった私ですが、このようなブルックナーも好きです。というより、私が嫌いな、とにかく表面的にスムーズに流れるブルックナーではありませんから(でも第三楽章は曲自体が私はあまり好きではないのかもしれない。スルスルと流れすぎのような気がします。もちろん個人的好みですけど)。第四楽章は適度なゴツゴツ感もあり、かといってそれは過剰な表現にも到らず、いい演奏になっています(ただし、私はシンバルを鳴らすのは嫌いです。てゆーか、管弦楽作品でシンバルが鳴っていいと思ったことは私は一度もありません。シンバル奏者の方、ごめんなさい)。


交響曲第五番
これも強烈な表現ではなく、穏健な演奏といえるかもしれませんが、なかなかいいです。職人的誠実さを連想させるようなブルックナーというのは、手垢のついた表現でしょうか。
ただ第一楽章の後半は、かなりアップテンポのような気がします。これはちょっと驚きでした(私はこの楽章はゆっくりやってほしいです)。第二楽章は穏やかな優しさにあふれた演奏でした。ブルックナーから切ない優しさを聞くことは多いですが、このような穏やかな優しさを聞くことは私は少ないような気がします。この楽章は好きです。荘厳な第四楽章も穏やかに演奏されます。でもフィナーレはやっぱり涙出そうになります。私にとってこの第四楽章はかけがえのない音楽です。


交響曲第六番
個人的に大好きな曲です。特に第一楽章。ひさしぶりに聞いたこともあって満足です。この演奏では第一楽章での細かな仕掛けをはっきりと演奏していたと思います。私は楽譜や音楽の理論は全くわからないのですが、ブルックナーの音楽には大小さまざまの構造が隠れているように思います。細かな仕掛けとは小さな構造のことです。こういった構造が演奏から浮き上がってくると私はわくわくします。第三楽章でもこの喜びは大いに感じられました。
曲全体を通して言うなら、この曲はブルックナーらしさが、大げさになることなく、コンパクトにまとまった佳品とでもいえましょうか。一番をさらに良質にした作品のように思えます。てゆーか、何度も言いますが、私はこの曲、好きです。


交響曲第七番
と、かように六番を好む私からすれば、前にも書いたかもしれませんが、七番の第一楽章などは滑らか過ぎて、あまり好きではありません(しかし、一般の音楽ファンにはこの楽章こそもっともブルックナーの中で親しみやすいものかもしれません)。とはいえ、第二楽章には深さがありますから好きです。切実な音楽です(たしかワーグナーへの音楽的弔辞でしたよね、この楽章は)。第四楽章では私の好きな構造的なブルックナーが聞かれます。でも全体を通していいますと、私はこの七番はそれほど好きではないのかもしれません。


交響曲第八番
第一楽章などはやはり立派ですばらしい楽章ですね。これまであったブルックナーの個人臭が少し抜けて格調が高い表現になったような気がします。第二楽章のスケルツォもなんだか私の耳には一種の祝典音楽のように聞こえました(もちろん一般的な祝典音楽のイメージからはかけ離れていますが)。おおらかな天上の神々というものがいるとしたら、こういう音楽で祝杯をあげるのではないのでしょうか(どうも私はブルックナーのスケルツォが好きなようです)。第三楽章は、第七番の第二楽章よりも葬送・鎮魂にふさわしいような楽章です。そういえば、私、この楽章を聞きながらはらはら落涙したことを思い出した。その時の部屋の様子も覚えています。喪失は誰にもあるものだとしたら、その喪失と共に生きる術を私たちは知っておいた方がいいですよね。第四楽章は本当に偉大な音楽です。モーツァルトのジュピターは全く毛色の違う音楽ですが、私は偉大さという点では、この第四楽章からジュピターを連想しました(←ブルックナーびいき)。フィナーレは本当に偉大です。数ある交響曲のフィナーレの中でも有数のものでしょう。それをこのヨッフムは最後にぐっと終えました。この演奏は好きです。
総じて言いますと、第八番でブルックナーの音楽は格が一段上がったような気がします。


交響曲第九番
第八番でブルックナーは格が上がりましたが、第九番ではそんなものを突き抜けてしまいました。
第八番の天上の神々は、人間的なイメージをもっていますが、第九番の神は唯一絶対神です。人間の延長ではありません。少なくとも私たちの通俗なイメージからは隔絶した表現です。
とまあ、そこまで言ったら大げさになりますが、深さと高さの両方において突き抜けた音楽とはいえると思います。
それは第一楽章冒頭から十二分に感じられますし、第二楽章のスケルツォでさえ(!)感じることができます。
そして第三楽章!ブルックナーは第四楽章を書き上げきることなくこの世を去ってしまいますが、この第三楽章を書けただけでも素晴らしいのではないでしょうか。深い、深いアダージョです。そして音楽は消えゆき、沈黙が訪れます。
この沈黙がなんと深いことでしょう。ブルックナーのすべてが終わった今は。


ブルックナーのように、長大な交響曲を構想し、書きつけ、推敲し、発表し、批判を受け、改訂し、さらに新しい交響曲を作るという営みに比べれば、私の原稿書きなんて、ほんと微々たるものです。
それに第一番から第九番に至るまでの深化はすごい。少しずつ進んで、ついに第八番では偉大な作品を、第九番で崇高な作品を書いた。私たちはこれほどに辛抱強く自分を深め、そして突き抜けることができるでしょうか。

----と、安っぽい教訓を引き出して、この仕事と音楽への冒涜は終わったのでした。

おそまつ。

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コメント・トラバはすぐに表示されません

アダルトサイトからの連続トラバに困っていたら、親切な読者の方が、管理者の公開待ちにシステムを変更すればいいんじゃないですかと教えてくださいました(○○さん、ありがとうございます)。

今後、コメントやトラックバックをされても、私が承認しない限り、それらは公開されないようにします。

みなさんにはご迷惑をおかけしますが、しばらくはこれでやってみるつもりですので、どうぞご了承ください。


それでは皆様、よき音楽生活を!

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Nick Cave & The Bad Seeds / Abattori Blues &The Lyre of Orpheus

060907nickcave

しばらく上品な音楽ばかり聞いていたら、反動がきました(笑)。
どうも私は一つのジャンルを聞き続けるということが苦手なようです。
別に分裂気味とは思っていないのですが。


何か違うものが、今の自分が必要としている音楽が聞きたい、と棚を見ていたら

Nick Cave & The Bad Seeds / Abattori Blues &The Lyre of Orpheusが目に入ってきました。
二枚組みアルバムです。
http://www.amazon.co.jp/Abattoir-Blues-Lyre-Orpheus/dp/B0002SROSQ/sr=1-4/

私がNick Caveに惹かれるのは、ただ直感だけです。
直感だけで、この人は嘘をついていないと信じているだけです。

これが忌野清志郎みたいにストレートに言葉が伝わってきたらどんなにいいだろうと思います。
どうも私は歌詞カードを見ながら音楽を聞くのが好きではないので直感的な聞き方しかしません。

(それでもAbattoir Bluesの3曲目のHiding All Awayの
          There's a war coming
や、9曲目のFable of The Brown Apeの
          So long
   Farewell
などのシャウトとコーラスの響きと意味は直接的に伝わってきました。簡単な英語ですし(笑))。

私はそういった直感を大切にしたいと思っています。
歌詞カードも見ずに、彼が何を歌っているのかわからずに彼の声とバックバンドの演奏を聞いていたいです。
間違っているかもしれませんが、それが私の生の本能です。

ボーカルやバンドのサウンドも、ブルーズ的な濃さをもったロックです。

The Lyre of Oppheusの1曲目のギターを始めとしたバックバンドの演奏なんてとてもかっこいいです。
(私の耳には音楽的・リズム的に高度なことをやっているように聞こえます)。
全般的にThe Lyre of Orpheusの方がバックバンド(The Bad Seeds)が活躍しているように思えます。
Abattori Blues の方は、Nick Cave節炸裂です。


私はこのような正直な音楽は大好きです。
安っぽいフレーズもないし。
商業的なロックなんてク○くらえと思っていますから。

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NHK-FMで聞いたメンデルスゾーン

私が20代だったころ、私はとびきり新しいものか、とびきり優れたものしか認めようとしなかった(今思えばそれは劣等感の裏返しだったのだろう)。
「良質の」とか「佳品」なんて語にはポジティブな意味を与えていなかった。

だから

「序曲“静かな海と楽しい航海”作品27」メンデルスゾーン作曲
                      (13分08秒)
                 (管弦楽)ロンドン交響楽団
                (指揮)クラウディオ・アバド
        <ドイツグラモフォン POCG-20061>

なんて曲なんて、おそらく題名を聞いていただけで拒絶していただろう。
でも40を超えた今は、こういう曲もしみじみいい。

弦楽作品に関しても、若いときは「斬れば血が出るような」作品と演奏をもっぱら求めていた。

だから

「弦楽八重奏曲 変ホ長調 作品20」  メンデルスゾーン作曲
                      (30分27秒)
               (演奏)エマーソン弦楽四重奏団

        (第1、第4バイオリン)ユージン・ドラッカー
       (第2、第3バイオリン)フィリップ・セッツァー
          (第1、第2ビオラ)ローレンス・ダットン
        (第1、第2チェロ)デイヴィッド・フインケル
       <ドイツグラモフォン UCCG-1233/6>

も「妥協的」ということばだけで片付けていたのかもしれない。
(若さと傲慢さと愚かさは、同居生活を好む)。
でも今は、佳品の良質な演奏を嬉しく聞くようになった。


「ピアノ三重奏曲 第1番 ニ短調 作品49」
                    メンデルスゾーン作曲
                      (26分53秒)
               (ピアノ)マルタ・アルゲリッチ
               (バイオリン)ルノー・カプソン
               (チェロ)ゴーティエ・カプソン
              <EMI TOCE-55560>

これは18世紀的な節度と知性を保った作品といえるのではないの?
劇的な展開なんてないけど、そんなのなければない方がむしろいいんでないの?とさえ思えてきます。
日常的な中でのちょっとしたさざ波。その中での機微。そういったものを細やかに描くことの大切さは、ようやくこの歳になってきてわかりはじめました(←バカ)。


「チェロ・ソナタ 第2番 ニ長調 作品58」
                    メンデルスゾーン作曲
                      (24分12秒)
「協奏風変奏曲 作品17」       メンデルスゾーン作曲
                       (8分41秒)
「無言歌 ニ長調 作品109」     メンデルスゾーン作曲
                       (4分49秒)
             (チェロ)スティーヴン・イサーリス
             (フォルテピアノ)メルヴィン・タン
                <RCA BVCC-688>

音楽史的なことは私はわかんないのだけど、こういった曲は、コンサートホール向けの曲じゃないですよね。
家庭内で演奏されるべき作品かと思います。フォルテピアノの音もいいなあ。

クラシック音楽が一般大衆の憧れ、という図式には反発を今でも感じますが、クラシック音楽文化とは、このような音楽を自宅や知人宅で演奏し、互いに聞きあうことだとしたら、そういう図式もよくわかるような気がします。


これだけの音楽を聞かせてくれたNHK-FMさん、ありがとう。

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バッハ、シマノフスキ、ショパンのピアノ

本日のNHK-FM クラシック・セレクションはこれ。


 - ピョートル・アンデルジェフスキ ピアノ・リサイタル -

「フランス風序曲 ロ短調 BWV831」     バッハ作曲
                      (33分17秒)
「“仮面劇 作品34”から」        シマノフスキ作曲
  ・シェエラザード            (11分46秒)
  ・道化のタントリス            (6分20秒)
「3つのマズルカ 作品59」          ショパン作曲
 ・イ短調                  (3分56秒)
 ・変イ長調                 (2分32秒)
 ・嬰ヘ短調                 (3分22秒)
「イギリス組曲 第6番 ニ短調 BWV811」  バッハ作曲
                      (28分49秒)

          (ピアノ)ピョートル・アンデルジェフスキ
  ~東京・紀尾井ホールで収録~
                   <2005/9/27>


私は音楽理論を知らないのでカノン(http://ja.wikipedia.org/wiki/カノン_(音楽))とフーガ(http://ja.wikipedia.org/wiki/フーガ)の違いもよくわからないのだけれど、バッハのこのような作品は本当に好きでたまらない。構造的な音楽がニュアンスをもって演奏されたら私はクラクラきてしまいます。そうですね、バッハは、作品の構造がしっかりしているのですから、それに従って、後はニュアンスを精妙に表現してほしいと私などは思ってしまいます。

シマノフスキ(http://ja.wikipedia.org/wiki/シマノフスキ)に関しては、この人の独特の和音感覚が私はたまらなく好きです。この人のオペラの「ロジェ王」のCDも欲しいなあ。
ウィキペディアの記述によると、
*****
仮面 op.34 (1915-16年) 【1. シェエラザード / 2. 道化師タントリス / 3. ドン・ジュアンのセレナーデ】
各曲の標題からも推測されるとおり、オリエンタリズムと印象派が詰まった第2期作品である。この曲に取りかかる前年1914年にシマノフスキはルービンシュタインの紹介でドビュッシーとラヴェルに会っている。この作品は彼らへのオマージュとも言われている
*****
なるほど、なるほど。

ショパンは、シマノフスキとポーランドつながりということで選曲されたのかもしれないけど、ショパンがあまり好きではない私も、この流れだと、けっこう良く聞けた。
そういえば、バッハからシマノフスキへのつながりも自然だったけど、この二人にはどのような音楽的なつながりがあるのだろう。


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Samuli Mikkonen Trio: Kom - Live

060906komlive

Samuli Mikkonen Trio: Kom - Live

Samuli Mikkonen:
Piano
Anders Jormin:
Bass
Audun Kleive:
Drums

http://www.abovoice.com/komlive.html
http://www.musicfinland.com/samulimikkonen/main.htm

ピアノがメロディアスだけれど、歌い上げるようなことはしない。(このあたりキース・ジャレットと似ているようで、決定的に違います)。
ベースとドラムが徹底してサポートにまわって、メロディアスなピアノを表現を深くすることに成功している。

プレーヤーの競演というより、アンサンブル表現。トリオとして、クラシックみたいに全体の均衡を強く意識しながらプレーしている。

私はアメリカ系の知的で、攻撃性が隠し切れないようなジャズ表現が好きなのだけど、こういう北欧的といっていいのかどうかしらないけど、アメリカ系とは異なるジャズ表現も凄いと思う。

三人ともプレーヤーとしての力量が半端でないと思うし、フォルテシモやアップテンポなしに、これだけの静かな集中力が保てるのは驚き。

タバコや強い酒を必要とせずに、静寂の中から始まり、静寂の中に終わっていくようなジャズです。いわば精緻なジャズ。

ジャズはアメリカばかりじゃないのね。

このCDはノルディック・サウンド広島で買いました。
http://www.nordicsound.jp/
このお店では最近、ジャズのコレクションも増やしています。
お近くに行かれる機会があれば、ぜひお寄りください。
通信販売もしています。
広島が誇る文化の拠点です。

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日野皓正/Transfusion, DNA Live in Tokyo

060906transfusion

Terumasa Hino
Transfusion
http://www.hmv.co.jp/product/detail.asp?sku=843424

良質なジャズです。
ですが、決しておとなしいわけでもない。

スタンダードなフォーマットの中で、各自がけっこうやりたいことをやっている。
でもその演奏が、リスナーをドキドキ、ハラハラさせるまでの過剰さには到らず、リスナーは安心して良質な音楽の冒険を楽しむことができる。
まるでBMWか何かでクルージングを楽しむみたいに(←友達の運転に乗せてもらったことがあるだけ。本人が運転するのは自転車のみ(爆))。

こういうジャズは何度も聞けて、楽しめるから本当にいいですね。

実は、今日はひさしぶりにイライラするような小さな出来事があったのだけど、このCD聞いていたら、ホントにそのこと忘れちゃった(←単純。バカ)。

日野皓正は、このバンドのリーダーとして、気持ちよくトランペットを吹いているし、なんせ、あーた、ドラムがジャック・ディジョネット。
ここでのディジョネットは、サイドマンとして、ホントに職人らしくタイコを叩いています。
(ディジョネットのこのような節度は、私は本当に好きです)。

ピアノはSir Roland Hannaという人。ジャズをそれほど知らない私には初耳で、センスいいピアノを弾くから、抜擢された若手かなと思っていたら、Wikipedia(http://en.wikipedia.org/wiki/Roland_Hanna)によれば、Roland Hanna (February 10, 1932 in Detroit, Michigan – November 13, 2002)というわけだから、このCDが2000年というのは最晩年だったわけです。うーん、すごいや。ハンク・ジョーンズといい、おじいちゃんになっても、センスがいいことってできるのね。


というわけで、気分が晴れたところで同じメンバーによるライブ録音を聞きます。

060906dnaliveintokyo

Terumasa Hino
DNA Live in Tokyo
http://www.hmv.co.jp/product/detail.asp?sku=341501

一曲目から、ノリが違います。(やっぱり、オイラはスタジオ録音よりライブ録音の方が好きな単純人間なのかもしんない)。
しかし別段、突っ走るわけではなく、ライブライブしているわけではありませんが、どこか、ライブの空気が感じられます。ひょっとしたらこういうのを大御所の演奏といっていいのかもしれません。ベースには鈍い感性しか持ち合わせていない私ですが、ここでのロン・カーターのソロはいいです。派手なことはやっていませんが、聞かせます。

で、5曲目のUp Jumped Springになると、日野皓正の最初のトランペットから緊迫感が高まり、ライブの凄みが少しずつ姿を現します。ついにディジョネットと日野の即興性・フリー性の強い演奏が始まります。演奏はトランペットとドラムだけです。私の音楽的確信は、「フリーのディジョネットは凄い!」ですが、ここでもその期待は裏切られません。知的でワイルドで、節度がありながら創造的という、相矛盾するような要素を高度な次元で兼ね備えたドラミングです。私はこれだからディジョネットを崇拝しています。
しかし考えてみましたら、フリーのディジョネットに一人応ずる日野のトランペットもすごいわけです。この競演の事実からしても、やっぱ彼は「世界の日野」と言うべきでしょう。

6曲目のCandyではまたクインテットの演奏に戻り、またもやピアノがいい味を出します。音楽を落ち着いて楽しめます。

最後の超有名曲、Autumn Leaves。何これ!これだけ演奏しつくされた曲を新しい感覚で演奏できるって、どれだけの音楽センス・即興能力なの!特にピアノよし。んでやっぱ、ドラム!ディジョネットがサイドで品よく盛り上げます。


「創造的な音楽が大好き」で、「実験系」や「前衛表現」好みだったはずの私が、どうもここ数日は年配のジャズメンに惹かれています。

うーん、音楽って深い。

てゆーか、オイラの好みって、いいかげん(爆)。

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ザ・グレイト・ジャズ・トリオ

NHK-FMで

東京JAZZ 2006
▽ザ・グレイト・ジャズ・トリオ・バイ・
     ハンク・ジョーンズ・スペシャルゲスト・渡辺貞夫

を聞きました(2006/9/3)。
(ベースとドラムのプレーヤーの名前は失念)

スゲー。

このハンク・ジョーンズ率いる「ザ・グレイト・ジャズ・トリオ」の存在については以前から知っていましたが、私などは「何?このネーミング。いくら大御所かもしれないけれど、オイラは昔を懐かしがるようなジャズなんて聞きたくないよ」と思い込み、CDを買うこともしていませんでした。

ですがこのラジオから聞こえてくる演奏は新しい。

新しいといっても、フォーマットはもちろん標準的なモダン・ジャズです。が、聞いていてどんどん引き込まれる。
フォーマットやスタイルの新しさでは全く勝負していないから、なおさらにこの人たちの音楽センスが光っています。

以前私がキース・ジャレット・トリオに惚れ込んでいた頃、「このトリオ以降に、トリオでできるジャズなどないのではないか」なんて思い込んでいたけど、それは愚かな考えだった。

ハンクのおじいちゃん、すごいじゃない。ホンマ、味があるわ。

うーん、CDも欲しくなった。
(金がいくらあっても足りねー)

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RCサクセション/カバーズ

060901covers


「雨あがりの夜空に」を最初に聞いたときから忌野清志郎はすごいと思っていました。

大学のクラブの後輩のかわいい女の子(えーっと、名前が思い出せない)が、「カセット」(笑)を貸してくれてその頃のアルバムを何度も聞いた時もやっぱりスゲーと思っていました。

以来、しばらく清志郎を聞いていませんでしたが、もったいなかった。ちゃんと聞いてりゃよかった。

とにかくきちんと日本語が歌えるロックンローラーです(ファンの皆さん、こんな当たり前のことを今更に言ってごめんなさい)。これだけ日本語が伝わってくる人もいない。それに微妙な音程やニュアンスの変化は見事。ジャンルが少し異なれば井上陽水がいますが、ロックでは清志郎は、別格の存在といえるかもしれません。

で、ラジオで「イマジン」を聞いたのは下のとおり。
http://yosukeyanase-music.cocolog-nifty.com/blog/cat3801569/index.html

そこでこの「イマジン」が収録されたこの「カバーズ」を買いました。


笑うという批評、ロックンロールという知性。


以下、何曲かについて書きます。


1 明日なき世界:歌詞を聞いたとたん、泣きそうになった。別段感傷的な詩でもない。感動的な物語でもない。でもどんどんと日本語がメロディーとともに私の中に入ってくる。そうか、英語圏の人たちはこんなふうに自国語でロックを聴いていたのね。


2 風に吹かれて:子どもの声の入れ方が、チープな入れ方とは正反対の、批評性の高いもの。子どもの声がどのように私たちに捉えられているかということを知り尽くした上で、ポイントをちょっとずらして、それだけにインパクトを出している。ごめんなさい、わかりにくい文章で。まあ、聞いてもらえたら少しは私が言おうとしていることがわかってもらえるかも。同じリズムパターンを繰り返すことを基本とした演奏も見事。さらに清志郎のボーカルは、ボブ・ディランにつながるような形で、変幻自在で説得力がある。ほんとにうまいや。


3 バラバラ:マジメにパロディをやっている。現代においてシニシズムに陥らずに、メッセージをまっすぐに伝えるにはこの方法は有効なのかもしれない。歌詞は、基本的には「○○、バラバラ」と「○○」の部分が次々に入れ替えられる。その歌詞で笑ったり、はっとしたりする。また「バラバラ」ということばの音で、徹底的に遊んでロックンロールにするあたりもいい感じ。


5 ラブ・ミー・テンダー:プレスリーでおなじみの歌を、替歌調の日本語にしています。最初の「何いってんだ~」というささやきで笑えて、次の「ふざけんじゃね~。核などいらね~」で慄然としてしまった。

「放射能はいらねえ 牛乳を飲みてえ
何 やってんだ~ 税金(カネ)かえせ」

なんて、キヨシロウがささやきささやくと、ものすごいパワーを感じる。

で、しぼりだすような声に変わって

「何 やってんだ~ 偉そうに
世界の真ん中で」

ど歌われると、本当にドキドキすらしてしまう。日本語の力がすごい。

小泉首相はこのLove me tenderをプレスリーのモノマネで歌って、ブッシュ大統領からも顰蹙をかった。
小泉首相は、いや小泉ブームに熱狂した私たちは、この清志郎の「ラブ・ミー・テンダー」を聞くべきだろう。


7 サマータイム・ブルース:笑える。重要な歌詞を女声に語らせるところや、また男声にタテマエ見解の台詞を語らせるなんてとにかく笑える。このあたり、スネークマンショーも連想させる。音楽的にもギターの繰り返しが基本ながら、ところどころで心情を表すようなやや破格の表現が挟まれ、なかなかに高度な表現。


11 イマジン:本当に名演。私にとってはジョンの「イマジン」よりも大切な「イマジン」かもしれない。詩もボーカルも、演奏(特にギター)も。

060901kiyoshiro

清志郎師匠、かっこよすぎるっす。


ロックとは本当に素晴らしい表現手段です。

私はロックのない国には住みたくありません。

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