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2006年7月

すみません、やっぱりブルックナー好きです

ブルックナーは一部のファンには熱狂的に愛されて、極端なマニアは、ブルックナーのCDばかり何百枚もコレクションするぐらいですが、一時のブームが過ぎた今、多くの一般の音楽ファンには、彼は単に「?」と思われている作曲家だと思います。クラシックを好きな私の友達の中には、ブルックナーの粗野な表現にどうしても共感できないという人もいます。

すみません、それでも私はブルックナー好きなんです。ハイ。マニアじゃないんだけど。

マニアじゃないから、ブルックナーに関する細かい知識を欠いていて、間違った理解をしているかもしれませんが、やっぱり、ブルックナーは私には欠かせないものなんです。


そんなブルックナーファンの私ですが、流麗に流れすぎて「ロマンチック」な四番はあまり好きな作品ではありませんでした。というより、彼の交響曲の中では唯一好きになれない作品だったとすら言ってもいいかもしれません(ですから、第七番の第一楽章もそれほど好きではないんです)。

それでも下に書いた
http://yosukeyanase-music.cocolog-nifty.com/blog/2006/07/4_96b6.html
ブルックナー4番の初稿版は、なぜか私の耳を捉えたので、結局CDを買いました。

よかったです。一般のクラシック愛好家は一般に流通している改訂版の方を好むのでしょうが、 ブルックナー・ファンの一人としての私は、こちらの初稿版の方が好きです。


それでは私のようなブルックナー・ファンとは、そんなブルックナーのどのようなところが好きなのか 。
いや、私は、なぜブルックナーが好きなのか。


ウィキペディアの解説を引用しながら説明を試みましょう。

http://ja.wikipedia.org/wiki/アントン・ブルックナー

*****ウィキペディア解説****
彼は大部分のエネルギーを交響曲を書くことに集中させた。しかしこれらの交響曲は後述の不当 な批判などもあって十分に評価されず「野蛮」で「無意味である」とされることが多かった。
(中略)
彼は生涯を通じて非常に信心深いローマ・カトリック教徒であった
******

「野蛮」で「無意味」というのは当たっているかと思います。彼は「野蛮」の反対語である「啓蒙された」近代人や近代市民の音楽は書きませんでした。ですから近代市民であった(あるいは、急速にそうあろうと努めていた)一般の聴衆には、彼の音楽は彼は、理解困難なものだったのかもしれません。彼は、人間にとっては時に「無意味で野蛮」としか思えない「偉大なる力」を描こうとしていたのではないかと思えるからです。

牽強付会の比較に過ぎないでしょうが、ニーチェが『ツァラトゥストラはかく語りき』を書き上 げたのが1885年です。 1824年9月4日生、1896年10月11日没のブルックナーは、 1844年10月15日生、1900年8月25日没のニーチェよりも少し先行する世代です。ニーチェが時代を先取りし、「神が死んだ」ことを告げていた頃、ブルックナーは交響曲で神を表現しようと努めていたといえませんでしょうか。

しかしブルックナーの表現しようとする神は、ルネッサンス音楽の描くような美しく調和の取れた美しい神ではなく、上に述べたように、人間にとっては、理解困難な力を持つ存在です。彼はそれをカトリック的に表現したといえませんでしょうか。さらにいえば彼は、中世的な感覚の神をワーグナー的近代的音楽語法で表現したとも言えませんでしょうか。しかし、ブルックナーの音楽を聞いていると 、そのような理解困難な存在を、たとえ一瞬でも感じることができるような気がします。

すべての音楽が神に関するものでなくてはならないなどとは言いません。
しかし音楽が人間のものであり、人間とは、超越的な存在を思考せざるをえない存在である以上 、ブルックナーのような音楽は、少なくとも私のような人間にはとても魅力的です。


第四番のことについて書きます。

ウィキペディアは次のように言います。

*****ウィキペディア解説*****
この交響曲第4番変ホ長調は、一般的にロマンティック交響曲として知られている作品である。 ブルックナーの最初の成功はこの交響曲であった。成功となったのは初演直後ではなく、1878年 に全く新しいスケルツォ(現行の“狩のスケルツォ”)とフィナーレに置き換えられ、1880~81 年にフィナーレが再度改訂された後のことである。指揮者ハンス・リヒターによる1881年の演奏 の大成功にもかかわらず、ブルックナーは1886~88年の間にさらに改訂をした。原型といえる 1874年版はいくぶん繰り返しが多く、のちの稿にくらべれば粗野なイメージもあるが、じゅうぶ ん鑑賞に堪える作品である。
******

なるほど、これで1874年初稿版が、まるで「ロマンティック」ではないことがよくわかります。 とはいえ、私はまだ錯誤をしているのかもしれませんが、私は最初にこの1874年初稿版を聞いた ときに、「こんな音楽を『ロマンティック』と言うブルックナーの気持ちは、さすがにわからない!」と思っていましたが、この1874年初稿版は、あくまでも第四番として書かれただけであり 、「ロマンティック」と名づけたのは、ゴツゴツさと不可解さが減った改訂後にこの音楽を愛す るようになった聴衆なのかもしれません(私の推測です。いつか機会があったらきちんと調べます)。そもそも人間的な感情である「ロマンティック」という形容詞はブルックナーの交響曲を適切に形容する言葉なのでしょうか。

060731bruckner4

このCD

「交響曲 第4番 変ホ長調“ロマンチック”」ブルックナー作曲
(1時間08分06秒)
(管弦楽)リンツ・ブルックナー管弦楽団
(指揮)デニス・ラッセル・デーヴィス
<BMGファンハウス BVCE-38077>

で聞ける1874年初稿版の感想を短く書きます。
比較の対象となっているのは、一般によく聞ける改訂版です。

第一楽章でも、例の有名な冒頭のホルンのテーマは改訂版と同じように鳴りますが、その後の展 開は、ゴツゴツして、なかなか音楽が進まず、でもその進まない中にゴシック建築のような、一種「醜い」ともいえる音楽の構築物が次々に足されてゆきます。

第二楽章で、何度も寄せてくる音楽波の中からテーマが爆発的に現れるところなんか、ホント、 よくわかります、この気持ち(ハイ、完全な一人よがりの理解です)。でもこの初稿版の表現は 私は好きです。

第三楽章でも、改訂版からすると、ずいぶん「支離滅裂」に音楽が進んでゆきます。しかし実はその「支離滅裂さ」の中に、私たちの通常的理解を超えた秩序があるのかもしれません。

第四楽章でも、支離滅裂とも言える音楽の洪水が続いた後に、テーマが流れてくる、そしてまた 音楽の洪水が続くところがいいです。そしてその中に音楽の呼応などの構造が実はあるのがわかってくるのがたまりません。特にフィナーレ部分は凄い。私はこれを生で聞いていたら、立ち上 がって、「ウォーッ」と叫んでしまうかもしれません。

妄言多謝。

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私が新しい音楽を求めることを止めない理由

ある所である人が言った言葉にはっとしました。


「それにしても、生きている間、あとどれぐらい音楽が聞けるのだろう」

いい音楽だけ聞いていたいものです。


しかし、だからといって私は、過去の名盤ばかりを聞き、新しい音楽を求めなくなるということはないでしょう。

なぜなら、音楽とは、私にとって、固定された美の認知・確認ではなく、永遠に手にすることのできない美の追求だからです。


ここでの美とは、超越的なものです。

私の、いや、いかなる人間の有限な経験も超えています。

時空を超えた存在、つまりは通常の存在とは異なる存在です。

永遠に追求されるべきものではありますが、どこかの時空に実在するものではありません。

それは私たちが崇め、讃え、仕えるものです。

私たち時空的存在は、そのような超越的存在と共にあります。

私たちは時空内に存在しながら、同時に超越的に生きています。

音楽とはこのような私たちの生の表現です。

音楽で私たちはこの限られた時空的存在を離れることができるのです。少しだけ。

これは人間としての喜びです。


*****

すみません。妙な理屈を立てて。

ただ、マイケル・ポラニーの次の言葉(1962)が妙に心に残ったもので。

宗教は、賛美の行為として考えられた時には、具体的存在としての神の肯定と考えられるべきではない。宗教は、私たちが神に生きていることとして考えられるべきだ。神を私たちは直接見聞きすることはできない。それは私たちが真理や美を直接見聞きできないのと同じだ。神は、賛美され、従われるという意味で存在するのであり、その他の意味で存在するのではない。神は具体的事実として存在するのではないのだ。それは真理や美や正義が具体的事実として存在するのではないのと同じことである。真理や美や正義などは、神と同様、私たちが仕える限りにおいて理解できるものなのである。(拙意訳)

Religion, considered as an act of worship, is an indwelling rather than an affirmation. God cannot be observed, any more than truth or beauty can be observed. He exists in the sense that He is to be worshipped and obeyed, but not otherwise; not as a fact ---- any more than truth, beauty or justice exist as facts. All these, like God, are things which can be apprehended only in serving them.
("Personal Knowledge", p. 279)

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忌野清志郎さんのイマジン

忌野清志郎さん
http://www.kiyoshiro.co.jp/
は皆さんご承知のように喉頭癌にかかってしまいました。

でも

「何事も人生経験と考え、この新しいブルースを楽しむような気持ちで治療に専念できればと思います。
夢を忘れないで」

という、逆に僕らが励まされ、かつしびれてしまうような台詞をくれました。


彼は日本が誇る大人のミュージシャンだと思います。


本日のNHK-FMのミュージック・スクエアで、RCサクセションによる「イマジン」が放送されました。

ジョン・レノンの「イマジン」という曲は、正直、消費されすぎてしまって、もう凡庸な使われ方やカバーのされ方ばかりで、私は辟易しています(あ、誤解のないように。私はジョン・レノンは大好きなんです。だから閉口しているんです)。


しかしこの忌野清志郎さんのイマジンはいいです。


日本語の訳詩がやわらかく、しっくりとくる日本語です。

その日本語をまた忌野清志郎さんが、あの独特の歌声で、私たちにしっくりと伝えてくれます。

ひさしぶりにイマジンを聞いて、いいと思いました。

このカバーアルバム、欲しいです。


忌野清志郎さん、早く元気になってね。


RCサクセション カバーズ
http://www.amazon.co.jp/gp/product/B000BDJ56Q/249-4861186-6303561

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Jan Carlstedt

060726jancarlstedt
Jan Carlstedt

Phono Suecia
PSCD101 Jan Carlstedt ヤン・カールステット (1926-2004)


ノルディックサウンド広島
http://www.nordicsound.jp/
店主の津田さんのお薦めで買ってみたものです。

やっぱ、いいですわ。

信頼できる音楽の聞き手が近くにいるということは本当にありがたい。

私は「創造的音楽」を求めるあまり、ついつい、表現の前衛性などに偏ってCDを選びがちですが、このように親切な助言者の言葉に従って、試聴をした上でCDを買い、家でじっくりとその良さを知るというのは、なかなかにありがたいことです。

弦楽三重奏曲 作品5 (1955) 
和音やメロディーで、ショスタコーヴィチを思い起こさせますが、彼ほどにはアクは強くなく、美しく音楽が流れます。美しいというのは、音楽の大事な要素だという当たり前のことをしみじみと認識させてくれます。

ディヴェルティメント (Divertimento) 作品17 (1962) (オーボエと弦楽三重奏のための)
まさに佳品で、北欧音楽の入門曲としても良いのではないでしょうか。それにオーボエの音色がとても心地よいです。

バラッタ (Ballata) 作品18 (1961) (チェロ独奏のための)
内面的な問いかけをもった作品ですが、重苦しくはありません。深刻にもなりすぎません。このあたりの、極端にはしらない、健全さというか、生活に根ざしたようなバランス感覚が北欧クラシック音楽の特徴の一つといえば、ちょっと紋切り型の表現となるでしょうか。

変容 (Metamorfoser) 作品30 (1974) (フルート、オーボエと弦楽三重奏のための)
とてもいい演奏だと思います。五つの楽器が織り成す音楽空間の美が堪能できます。またとにかく音がきれいです。空気感が伝わってきます。このCDの作品の中では、もっとも作曲年代が新しいものですが、確かにその分、現代性を感じることができるように思います。とはいえこの「現代性」が表現の優雅さや気品を失わせることはありません。私はこのCDの中ではこの曲が一番好きです。


以下は
http://www.nordicsound.jp/catalogue/labels/phonosuecia2.htm#pscd101
で得られる情報です。

Phono Suecia
PSCD101 ヤン・カールステット (1926-2004)
 弦楽三重奏曲 作品5 (1955) 
  マッツ・セッテルクヴィスト (ヴァイオリン) ホーカン・オルソン (ヴィオラ)
  エヴァ・リュードストレム (チェロ)
 ディヴェルティメント (Divertimento) 作品17 (1962) (オーボエと弦楽三重奏のための)
  ベンクト・ルーセングレン (オーボエ) マッツ・セッテルクヴィスト (ヴァイオリン)
  ホーカン・オルソン (ヴィオラ) エヴァ・リュードストレム (チェロ)
 バラッタ (Ballata) 作品18 (1961) (チェロ独奏のための)
  トゥールレイフ・テデーエン (チェロ)
 変容 (Metamorfoser) 作品30 (1974) (フルート、オーボエと弦楽三重奏のための)
  トビアス・カロン (フルート) ベンクト・ルーセングレン (オーボエ) マッツ・セッテルクヴィスト (ヴァイオリン)
  ホーカン・オルソン (ヴィオラ) エヴァ・リュードストレム (チェロ)

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Joseph Spence

060725josephspence

Joseph Spence
The Complete Folkways Recordings (1958)
http://www.amazon.co.jp/gp/product/B000001DJ8/249-4861186-6303561

マイミクのしょうちゃんが薦めていたので、
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=171320530&owner_id=4522909
アマゾンのクーポン券が出たのを幸いに、一枚CDを買ってみました。

いいです。

ギター一本で、唸ったり、ダミ声だしたり、唄ったりしているだけですが、足で取る、単調ともいえるリズムが、ずっと推進感を出しつつ、ギターが結構私の耳には高度に聞こえる展開をしていて、音楽的にとても豊かで、聞いていて飽きません。足のリズム、ギターの展開、唄のメロディーが絡み合うと、聞いていてワクワクします(というより、どうしてこんなことを一人でできるの?)。

高度な音楽を、一種独特のノリであっけらかんとやっているともいえましょうか。私が持っているのは1958年の録音ですが、とても現代的に聞こえます。というより、時代を突き抜けているのかもしれませんね、こういった音楽は。一種、ロバート・ジョンソンを思い起こさせますが、このジョセフ・スペンスは、もっと聞きやすいようにも思えます。

下の英文はWikipediaの解説ですが、「フォーク・ギターのセロニアス・モンク」という喩えはよくわかります。

「暑い夏の良質の音楽」のようにも思えますが、いかがでしょう。
いい気分になれる音楽です。

http://en.wikipedia.org/wiki/Joseph_Spence

Joseph Spence (born August, 1910 in Andros, Bahamas - died March 18, 1984 in Nassau, Bahamas) was a Bahamanian guitarist, singer and blues musician. He is well known for his vocalizations and humming while performing on guitar. Several modern folk, blues and jazz musicians, including Taj Mahal, Ry Cooder, Woody Mann and John Renbourn were influenced by and have recorded variations of his arrangements of gospel and Bahamanian pop tunes. The earliest recordings of Joseph Spence were field recordings by folk musicologists such as Sam Charters. Nearly all of the recorded songs are in a Drop D tuning, where the sixth string is tuned to a low D rather than E, so that the guitar sounds, from sixth to first D A D G B E. The power of his playing derives from moving bass lines and interior voices and a driving beat that he emphasizes with foot tapping. To this mix he adds blues coloration and calypso rhythms to achieve a unique and easily identifiable sound. He has been called the folk guitarist's Thelonious Monk

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HALFBY(ハーフビー)

HALFBY(ハーフビー)
060720greenhours


90年代中頃の、まだヒップホップの音楽性が高かった頃の雰囲気を連想させます。ジャズ・ミュージシャンが熱心にアプローチしていた頃の感じです。現代の多彩な音楽情報をたっぷり吸い込んだ音楽といえましょうか。結果としてとてもセンスの良いポップになっていると、私は表現したく思います。

GREEN HOURSというアルバムのこのジャケットは彼の音楽のセンスをよく表現していると思います。
あ、日本人です。ミュージック・スクエアのゲストでした。京都在住だそうです。

http://www.amazon.co.jp/gp/product/B000B6CU7O/249-4861186-6303561

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「ビオラ・ソナタ ハ長調 作品147」ショスタコーヴィチ作曲

「ビオラ・ソナタ ハ長調 作品147」ショスタコーヴィチ作曲
                      (34分30秒)
                    (ビオラ)店村 眞積
                    (ピアノ)迫  昭嘉
- 第26回霧島国際音楽祭 -


ショスタコーヴィチは、当たり外れが大きい作曲家のようにも思えますが、これは私にとっては当たりです。旋律的なビオラの展開と、リズム楽器でもあるピアノの絡みがいいです。ショスタコーヴィチの例の個人臭の強いともいえる独特のメロディーも、ここでは適度に使われているように思います。知性も叙情も兼ね備えた曲です。

これだけジャズでもロックでも「フリー」的な展開が普及してくると、このような作品は「現代の古典」として、より多くの音楽ファンに共有されるべきかとも思います。音楽の前衛性というか先鋭性が、現代の私たちにとって、丁度いい具合に熟している作品とはいえないでしょうか。

私はクラシックコンサートではもっともっと20世紀作品を、「古典」として演奏してもらいたいと常々思っています。少なくともこの曲ならフリー・ジャズを好きな人は本当に喜ぶのではないかと私は思うのですが・・・・

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ブルックナー4番の初稿版

「交響曲 第4番 変ホ長調“ロマンチック”」ブルックナー作曲
                   (1時間08分06秒)
           (管弦楽)リンツ・ブルックナー管弦楽団
            (指揮)デニス・ラッセル・デーヴィス
        <BMGファンハウス BVCE-38077>

1874年初稿版を使った演奏だそうです。

私は基本的には19世紀の音楽は、今のところあまり好きではないのですが、正直、ブルックナーには、「19世紀美意識」から飛び出した、わけのわからなさ、というか、名状しがたい魅力を個人的に感じ続けています。私の耳にはブルックナーはあまり「時代がかって」は聞こえません。

この初稿版は、ラジオで一部分を聞いただけなのですが、余計に、そのわけのわからなさが出て、食指をそそられました。

ブルックナーという人は自分自身の情念をコントロールするのに困難を覚えた人なのかなとも思えます(もちろんガイキチとまではいいませんが)

1000円だし、いつか、買おうっと。

http://www.amazon.co.jp/gp/product/B0001ZX4F2/249-4861186-6303561

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日野皓正クインテット・コンサート

音楽とは生きることなんだ、ということを、喜びをもって教えてもらったコンサートでした。そして力ももらいました。

音楽とは生きることですから、挨拶をします。
探究もします。
疾走もします。
語ることもします。
くつろぐこともします。
休むこともします。
試してみたりもします。
思いを込めることもします。
遊んでみたりもします。
最後にはさようならの挨拶をします。

これらを高度な音楽表現でやったコンサートでした。

2006年7月19日に広島大学サタケメモリアルホールで、広島大学JAZZ研究会が主催して開催された日野皓正クインテット・コンサートです。トランペットが日野皓正、アルト&ソプラノサックスが多田誠司、ピアノが石井彰、ベースが金澤英明、ドラムが井上巧一です。

とにかく音楽がよく伝わってきました。演奏者の「生きている!」という思いや感情がよく伝わりました。誇張とは無縁の自然体の表現で。本当にいい音楽コミュニケーションの場でした。

音楽の挨拶は一曲目の日野皓正作曲のクリムゾンです。スタンダードなジャズを高度な技術で演奏します。
探究は二曲目のオーネット・コールマンの曲。トランペットをピアノの弦のところに設置されたマイクに吹き付けたり、ドラムも様々な試みをしたりと音楽の可能性を楽しみました(私としてはこのような曲を二曲目においてくれたおかげで一気に集中しました)。
疾走は三曲目のマイルス・デイヴィスの曲です。トニー・ウィリアムスのようなドラムパターンでノリのよい演奏です。私はこのようなドラムにはすぐにメロメロになってしまいます。
語るのは四曲目のGANBOという曲です。他の四人の演奏をバックにして、日野さんが詩を朗読します。
くつろいだのは五曲目のデキシーランドジャズ。なんだかその前の詩の朗読の照れを隠すみたいなユーモアを感じました。
休んだのはトーク。ここで曲紹介がなされたので、私は上の曲に関する情報を得ました。

後半に関しては、即興の試みや、思いのこもったトランペットとサックスの競演がありました(コンサートではこのトランペットとサックスの音の重なりと絡みの滋味が本当によかったです)。それにサマータイムのピアノも良かったです!ベースは終始バンドを底支えしていたようでベテランの味を感じさせました。遊んだというのは、なんと広大ジャズ研のメンバーをステージに呼んで一緒にプレイさせたからです。女性ボーカル(ジャズ研会長)、テナーサックス、トロンボーン、トランペット、ベース、ピアノ、いや、学生さんたちはお世辞抜きでよくやったと思います。それをみんな「プレイ」していたのが良かったです。主催者とはいえ学生さんたちと一緒にプレイする日野皓正クインテットの雅量とジャズ音楽に対する愛情を感じました。

そして最後の一曲をやった後の長い長いお辞儀。

「場」を大切にした非常にいいコンサートでした。

060719crimson


この文章を書いているのは、会場で買った日野皓正クインテットの最新作Crimson(メンバー全員にサインして握手してもらったもんね!)を聞きながらですが、CDで聴くと、会場で聞いた以上に、このクインテットがかなりにいろんな高度なことをやっていたことがよけいにわかります(コンサートはこのCDからの曲が主でした)。単に「音楽の引き出しが広い」というのではなくて、表現するべき生があり、それが選択された表現手段によって伝えられているという感じでしょうか。これは何度も繰り返し聞いて、少しずつ音楽表現の良さを味わいたいCDかと思います。

それにしても日野皓正さんは、かっこよかったです。トランペットを吹くときの表情と、語るときのシャイな表情のギャップ、そして軽い身のこなしがクールでした。1942年生まれだそうですから、すでに60歳を超えている?信じられない。私もこんな洒脱な男性になりたいです。他のメンバーもジャズメンらしい所作と表情と服装でよかったです。こんな表現があってこその人生だと思います。

日野皓正さん、および日野皓正クインテットのファンになりました(私ってミーハー)。

ジャズは奥が深い。懐が広い。そしてクール。

日野皓正さんのホームページは http://www.terumasa.com/ です。
多田誠司さんは http://www.tadasei.com/
石井彰さんは http://www.akiraishii.net/

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About 16 Pieces For Organ


060717sofa507

About 16 Pieces For Organ
Nils Henrik Asheim
SOFA507
http://www.sofamusic.no/index.php

ノルディックサウンド広島
http://www.nordicsound.jp/
の店頭でこのジャケットを見つけて、思わず「ジャケ買い」しましたが当たりました!

まあ、オルガン曲をこのようなジャケットで提示するという感覚は、私の感覚にぴったりです。
(「Sofaというレーベルは結構、即興系や実験系をやってますよ」というノルディックサウンド広島店主の津田さんのアドバイスも大きかったです)。

聞いてみますと、オルガンが今まで聞いていなかったような音で鳴らされています。
(あ、ちなみに、私はオルガンの安っぽい「大音響」という奴は嫌いです)。

演奏はまさに即興的で、出された音に即応するように次の音が出され、それが思っても見なかった展開を生み出し、リスナーは創造の現場に立ち会うような感覚を味わうことができます。

以下はライナーノーツからの引用ですが、この作品の性格をよく表していると思います。

As a classically trained musician/composer entering the field of free improvisation, I wanted to approach the organ with as few pre-conceived decisions as possible - with only a minimum of basic characters in mind. Listening, more than reflecting.

Does this procedure create new attitudes to musical time and form? Is it possible to let go of the control, to periodically switch off one's feeling of responsability and consequence, so that the results of the performer's actions return to him as if it were the opposing player's move, requiring a new response?

私はリスナーとして上記の問いにYes!と答えたい気持ちです。

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ブラック・ミュージック

とにかく暑い。しかし部屋が汚くなりすぎて、どうあっても掃除をせねばならぬ。
しかし私は掃除が大の苦手。

というわけで、 Fats DominoとChuck Berryのベスト盤聞きながら掃除しました。
暑い日にはやはりブラック・ミュージック。
というか、気楽に聞けるタイプのブラック・ミュージック

私がブラック・ミュージックを好きになり始めたのは40過ぎてからだけど、やはり
Say It Loud! A Celebration of Black Music in America [Box set]

http://www.amazon.co.jp/gp/product/B00005NTQB/


060714sayitloud

で集中的に聞けたのがよかった。

ブラック・ミュージックなくしてロックもジャズもありえないし。
もっときちんと勉強して系統的に聞きたいっす、ブラック・ミュージック。
ブラック・ミュージックにはそれだけの深さがあるっす。
(といいながら、このBox Setの付録のブックレット読んでないっす)


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プログレロックの使い方

一時期新日本プロレスの中継のテーマ曲に
なっていた(今でも?)曲は、

「ザ・スコアー」      (エマーソン、レイク&パウエル)
                       (9分09秒)

であり、これは、いわゆるELP(エマーソン、レイク&パーマー)の
パーマーが抜けた時期のバンドによる演奏である。

へー。へー。へー。へー。へー。へー。へー。へー。

って、ここは一人トリヴィアかい!
(-"-;)


しかし、これはデーモン小暮閣下の選曲なのだけど、世間一般では
こういったのが「プログレ」と呼ばれているのね。

「ピンク・フロイド命!」の私としてはちょっと違和感がある
のだけれどなぁ。なんというかキャッチーすぎて・・・


あ、でも『展覧会の絵』は好きですから。

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ブログはじめました

とはいえ、操作法が全然わかんね~
(-_-#)

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